ジェット機の敵は火山
(既発表の著作、島村英紀著『地震学がよくわかる---誰も知らない地球のドラマ』から)

地球物理学者以外にはほとんど知られていないことなのだが、ジェット旅客機のエンジンすべてが飛行中に停止したことが、いままでに何例もある。停止したのは、国際線にいちばん多く使われているジャンボといわれるボーイングB747機の4基のエンジンである。

 たとえば1983年から1989年の7年間には、インドシナ半島の上空で2回、米国のアラスカ州の上空で1回、合計3回も全エンジンが停止してしまった例があった。これは地球物理学の学会誌に報告されているが、新聞やテレビでは報道されなかった。

 飛行機は高高度を巡航中だった。巨大なジャンボジェット機は巨大なグライダーになって高度を急速に下げていった。

 パイロットは青くなったに違いない。だが、パイロットにはなにが起きたかは分かっても、なぜ起きたかは分からなかったから、乗り合わせていた乗客に正確な事態が知らされていたかどうかは疑わしい。

 機内の窓から地表を見ていた注意深い乗客だけが、飛行機の高度の変化に気がついたろう。しかし乗客の大部分はなにも気がつかず、まして機体が危機に瀕していることなどは想像さえしていなかったに違いない。

 パイロットと乗客は幸運だった。この巨大で不格好なグライダーが、地表まで達する少し前に、エンジンがかかってくれたからであった。

 幸い、3回とも間一髪のところでエンジンがかかった。大事故にはならないですんだから、この「事件」のことは一般には知られていない。

 原因は火山の噴煙であった。もちろん、どんな無謀なパイロットでも、目の前にある火山の噴煙を突っ切ろうとはしないだろう。また噴煙は飛行機に搭載してある気象レーダーでもよく見える。しかしこのエンジン停止事件は、こういった「見える」噴煙から数十キロメートル、ときには100キロメートル以上も離れた澄んだ青空で起きたのであった。$

 なぜ、エンジンが止まったのだろうか。火山の噴煙には大量のシリカ(石英)の粉が含まれている。シリカの粉とは簡単にいえば、水晶を粉にしたものである。顕微鏡で見ると尖っているし、硬い。細かいものだから火山からはるか離れた上空まで舞い上がっているのである。地球の内部、中でもマグマの成分に多く含まれているから、どの火山の噴煙にも多く含まれている。

 この尖った水晶の粉が、大量に空気を呑み込むジェットエンジンに吸い込まれると、高速で回転しているブレードなど、エンジンの主要部分の金属をヤスリをかけたように削ってしまう。自動車にはエアクリーナーというフィルターがあって、エンジンに吸い込む空気中の異物を濾過しているが、飛行機にはエアクリーナーはない。

 そのうえ、ジェットエンジン内の高温にさらされた水晶の粉は高温で溶け、周囲にくっついてしまう。つまりエンジンの中で瀬戸物を作ってしまうのである。削られたうえに重い異物を付けられたら、エンジンはたまらない。

 火山の大きな噴火の影響はその地域を超え、ときに世界の気候さえ変えてしまう。たとえば前に書いたように、1883年にはインドネシアのクラカトア火山が大噴火をした。火山島ひとつが吹き飛んでしまったほどのすさまじい噴火で、気象観測のために世界中に置いてある気圧計には、爆発的な噴火による気圧の変動が、地球を七回りしてまだ記録されたほどだった。

 日本での大噴火はこのところは収まっている。だが、これは一時的なものだと思っている地球物理学者は多い。18世紀には大噴火が相次いだ。1707年に富士山が、またラカギガル火山と同じ1783年に浅間山も大噴火したほか、1792年には雲仙岳の噴火で15000人もの死者を出した。

 富士山はこの宝永の噴火を最後に300年近くは噴火していない。しかし過去の火山の噴火の歴史からいえば、今後ずっと富士山が噴火しないとは、地球物理学者には考えられないことなのである。*

 ひとつの火山が噴火してもその火山灰は世界中に及ぶことがある。この被害は農作物だけではなくて、火山から何万キロメートルも離れたところを飛んでいるジェット機にも及ぶ。エンジンを止めることだけではない。それ以外の害を及ぼすこともあるのだ。

(中略)

 このように
、火山はジェット機にとっての大変な厄介者なのである。ガラスを傷めるだけならまだしも、運が悪ければ墜落という大事故も招きかねない。

 このため、1997年の春から各国の気象や火山の観測組織が協力して、火山の噴火と、その噴煙の国際的な監視がはじまった。火山の近くでの観測データや、人工衛星からの画像データを集めて、飛行機に情報を流そうという仕組みだ。

 しかしこの仕組みはまだ完全なものではない。火山の近くの濃い噴煙の向きや流れが分かるのは進歩だが、火山からずっと離れたところでの薄い、それでいてまだ危険な噴煙のありさまはよく分からないからである。インドシナ半島上空でジェットエンジンを止めたのは、はるか遠くのインドネシアの火山からの薄い噴煙だったのである。

 さらに日本の皆さんにとって具合が悪いことがある。日本から北米へ飛ぶ航空路は世界有数の過密路線だが、この航空路に沿っての情報は、一段と貧弱なのである。

 丸い地球を最短距離で結ぶために、北米航路は千島列島に沿って北上する。地球儀の上に糸を張ってみてほしい。日本からニューヨークに最短距離で飛ぶ航路は驚くほど北を通ることが分かる。この千島列島からカムチャッカまでは火山が多いのに、観測がほとんどないという、データの空白地帯なのである。

 1980年代にたびたびエンジンが止まった教訓から、以後、ジェット機のパイロットは噴煙のために全部のエンジンが止まったときの操作法、つまり非常時のエンジン始動法を教わるようになった。

 だから、少なくとも以前のように、パイロットはなにが、なぜ起きたのか分からないことはあるまい。その分だけパイロットがパニックに陥る可能性は減ったことは確かであろう。

 しかし、彼が成功するかどうかは、運の良さにかかっている。

 彼が沈着冷静で最善を尽くしてくれることを期待しよう。しかし、大型ジェット旅客機は、どう見てもグライダーとしての性能がすぐれているとは思えない。見る見る高度を下げていくにちがいない、この不格好で重くて巨大なグライダーが、地表や海面に達するまでの短い間に、幸運にもエンジンがかかればいいのだが・・。

(イラストは奈和浩子さんが、『地震学がよくわかる---誰も知らない地球のドラマ』のために描いてくださったものです)


 島村英紀「火山が噴火したあとで」

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