島村英紀「火山と日本人」『世界』(岩波書店)2014年12月号。50-56頁。{9200字}
戦後最大の火山災害
2014年9月27日に起きた木曽御嶽の噴火は死者57名を数え、戦後最大の火山災害になってしまった。
この噴火はまったくの不意打ちの噴火だった。この御嶽山は「噴火警報レベル1」だった、つまり山頂まで登ってもいいという気象庁の発表レベルだった。この警報レベルが、紅葉シーズンの土曜日、快晴の御嶽山の登山者にとっての「安心情報」になってしまっていたのだ。
「噴火警報レベル」が危ういものであることは知られていない。この方式は2007年から気象庁が採用したものだが、このレベルの決め方は客観的でもなく、数値的な基準があるわけでもない。御嶽山の場合には噴火して40分後にレベルが1から3(入山規制)に上げられたが、もちろん手遅れであった。警報レベルを決める学問的な基準はない。また火山の性質は火山ごとに異なる。それゆえ、統一した基準を作ることは不可能なのである。
そもそも、現在の学問から見ても噴火の予知はほとんど不可能である。
いままで世界各地の火山で噴火予知に成功したことがないわけではない。たとえば北海道・室蘭の近くにある有珠(うす)山では、2000年の噴火のときは事前に住民を避難させて、死傷者はゼロだった。
だが、この有珠山は例外的に幸運な例というべきものだ。ここでは過去7回噴火したことが分かっているが、そのすべてで火山の近くで有感地震(身体に感じる地震)が起きてから1〜2日で噴火した。2000年も、その前の1977年の噴火のときもそうだった。
つまりここでは有感地震による「経験的な」噴火予知が可能なのである。しかし、地下で何が起きているのか、マグマがどう動いて、どう噴火したのかという学問的な解明は出来ていない。
このほか、鹿児島県の桜島、長野県と群馬県の県境にある浅間山など一握りの火山でも、地震や地殻変動によって経験的な噴火予知に成功している。しかし有珠と同様、地下で何が起きているのかを正確に理解しているわけではない。
今回の御嶽山の場合にも、噴火の16日前に地震が増えた。しかし、その後減っていた。また前回は2007年にごく小さな噴火があったのだが、そのときに噴火の2ヶ月前から出た火山性地震の一種である火山性微動は、今回は11分前まで出なかった。
この例に限らず、同じ火山でも「前兆」が違うことが多い。噴火に至るまで地下で実際に起きていることが学問的に解明されていない現在では、どのくらいの「前兆」がいつ出たかということで噴火予知をすることは、とても難しいのである。また、火山の性質は火山ごとに大変に違うので、ひとつの火山で成功した予知の方法を、他の火山に適用することも一般には難しい。
一方、たとえ予知に成功した例でも、世界的に見てもその予知は、せいぜい一日から数日前にしかすぎない。もっと前、数週間とか数ヶ月前に、来るべき噴火を予知した例はない。
噴火予知も東海地震の予知も気象庁が担当している。天気予報をしている役所だから、同じように予知できるはずだ、と考えている向きも多いかもしれない。
しかし、噴火予知や地震予知が、天気予報とは根本的に違うことがある。それは天気予報のためには「大気の運動方程式」というものが分かっていて、そこに全国のアメダスやゾンデ(地表から高層までの気象を調べる風船)のデータを入れれば、未来が計算できることだ。
しかし噴火予知にも地震予知にも、このような方程式はまだない。そのうえ、アメダスなどと違って、地表が柔らかい堆積層や柔らかい火山灰に覆われていて地下深くにある基盤岩や火山の内部でどのような歪みやマグマが蓄積されていっているか、といったデータはいまだ取れないのである。これでは噴火予知や地震予知が天気予報なみにできるわけがないのである。
富士山は噴火のデパート
富士山はいつ噴火しても不思議ではない活火山である。富士山は1707年に「宝永(ほうえい)噴火」があって以後、噴火していない。
もし富士山が噴火したら、季節によっては夜でも数千人に上る登山客や近くの市町村のほか、新幹線や東名高速道路にまで大きな被害を及ぼす可能性が高い。また上空には偏西風という強い西風がいつも吹いているから、火山灰はおもに東に飛ぶ。宝永噴火の火山灰もいまの首都圏に10〜30センチも積もった。
富士山がもし噴火したらその影響は甚大だから、富士山の周囲では地震、地殻変動など精密な観測網が敷かれている。
たとえば地震計のデータでは、富士山の直下15〜20キロメートルのところで「低周波地震」という特別な地震が増えたり減ったりしている。これは火山性地震の一種で、マグマの動きと関連していると思われている。じつは2001年にはこの低周波地震がいきなり増えて、地球物理学者に緊張が走った。しかし、この低周波地震は、その後おさまって、いまのところは以前のように増減を繰り返している状態である。
このほかもしマグマが富士山の地下に上がってきたら富士山の山体が膨張するはずなので、山体膨張も精密に測定されている。このためには富士山の山腹の傾斜を精密に測る「傾斜計」や、山腹の各所に置かれた標石のあいだの距離を人工衛星測地の手法で精密に測る「面積歪の測定」も行われている。
しかし、それらの観測の結果がどのくらいまでいったら噴火するのか、という肝心の「閾(しきい)」の値がまったく分かっていないのが大きな問題なのである。
最近、河口湖の水位が減ったり、山腹の林道に亀裂が走ったりしている。しかし300年前の噴火の前に、これらが起きたのか、それらが「前兆」であったのかも分かっていない。
じつは富士山が300年間も噴火しないことはとても珍しい。たとえば平安時代は400年間あったが、そのはじめの300年間には富士山は10回も噴火した。いまの静けさは異例なのである。
富士山の観測のうち、地震は増減を繰り返しているが山体膨張は継続的に進んでいて、1996年以降は、そのペースが加速しているように見える。
富士山が噴火しても不思議ではないことが知られるようになってきて、地元ではハザードマップを作ったり、この10月には防災訓練が行われるようになった。
しかし、これにも多くの問題がある。ハザードマップは、いちばん近年の宝永噴火を下敷きにしていることだ。宝永噴火は山頂噴火ではなく、富士山の東南山腹が噴火した。東京付近から見ると富士山が左右対称ではなく、左側の山腹が膨らんでいるのは、この噴火で出来た宝永火口のせいなのである。
だが富士山はじつは「噴火のデパート」なのだ。過去、山頂噴火は数多く繰り返されたが、富士山北麓の富士五湖や青木ヶ原樹海のある溶岩原を作った貞観噴火(864〜866年)は北側の山腹の噴火だった。今度の噴火がどこで起きるのかはまったくわからない。それによっては、ハザードマップとはまったく違う被害が拡がってしまうかもしれないのである。
ハザードマップには別の問題がある。たとえ不完全とはいえ、地元の人々はハザードマップを見る機会がある。しかし、観光客や登山客などはまったく見る機会がないまま富士山を訪れることである。
じつはハザードマップにはこのほかにも大きな問題がある。観光で生きている地元がハザードマップを作ることや配布することに強く反対してきたことだ。観光地のイメージを損ねたくない、観光客の足を少しでも遠のかせたくない、という観光でしか生きざるを得ない地元の意向は強い。このため、各地の火山でハザードマップ作りや配布がなかなか進まない事情がある。
箱根がもし噴火したら
富士山だけではない。観光客が多数集まっていて、もし噴火したら大きな災害になりかねない活火山として箱根がある。
箱根は大湧谷(おおわくだに)近くが中央火口丘で、そのまわりを外輪山が取り囲んでいる典型的な火山地形である。箱根町も、芦ノ湖も、仙石原も、みな外輪山の内側にある。
箱根が最後に噴火したのは3000年前だった。このときの噴火は大きくて、火砕流は外輪山の内側を埋め尽くして仙石原を作り、川をせき止めて芦ノ湖を作った。それだけではなくて火砕流は西側の外輪山の縁である長尾峠を越えて西側にまで流れ出したほどの大噴火だった。
箱根ではいまでも大湧谷で火山ガスが日常的に吹きだしているし、その近くでも林が火山性ガスで枯れている。火山性の群発地震も多い。昨年春には箱根山のロープウェイが止まるほどの震度5の地震もあった。
しかしここも富士山と同じで最後の噴火の前に、どんな前兆があったのかは知られていない。地震や地殻変動の観測は行われているが「閾」がわからないことも同じなのである。
しかも、箱根は年間2000万人が訪れる大観光地でもある。ホテルも別荘も保養所もある。そしてもしなにかあったら箱根から外へ避難する道もごく狭い。その意味では、もし噴火したらとても恐ろしいことになる可能性が高いのが箱根ということになる。
ところで、地震もそうだが「次の」噴火がどこで起きるかは、いまの学問ではまったく分からない。いずれ噴火しても不思議ではない活火山は日本にたくさんあるが、まさか御嶽山が噴火するとは思われていなかった。
他方、「いずれ噴火しても不思議ではない活火山」は多い。たとえば宮城県と山形県の県境にある蔵王山も、十和田湖近辺の活火山も、近くで起きる火山性地震が増えている。そのほか火山ガスを出しつづけている草津白根山も、地下で火山性地震がよく起きている日光白根山も、噴火までそう遠くはないだろうと思われている。
もうひとつの不安材料がある。東日本大震災(2011年)を起こした東北地方太平洋沖地震はモーメントマグニチュード9.0という破格の大きさだった。モーメントマグニチュードは高度な地震計で観測しないと数値が得られないものだから近年の大地震以外は分かっていないが、1960年のチリ地震以後、世界で7つのモーメントマグニチュード9を超える地震が起きた。そのうちで東北地方太平洋沖地震以外の全部では4年以内に近くで火山が噴火した。それゆえ東北地方太平洋沖地震だけが例外だったのだが、今回の御嶽山噴火で例外がなくなった。
だが、いままでの他の大地震の例だと、噴火はひとつの火山だけではなくて複数の火山だった。日本の火山の噴火が御嶽山だけですむかどうか分からないのである。
東北地方太平洋沖地震以後活動が活発化している活火山は数多い。上にあげた火山のほか、秋田駒ヶ岳、(御嶽山の北にある)焼岳、乗鞍岳、伊豆大室山、伊豆大島、伊豆新島、白山、阿蘇山などである。モーメントマグニチュード9.0という大地震はかくも広い範囲に地殻変動をもたらして火山を活性化したのであった。
御嶽山の噴火での犠牲者は戦後最多の被害者を生んだ火山災害になってしまった。
だが火山噴火の規模からいえば、日本で過去に起きた噴火に比べるとこの噴火はごく小さなものだったのである。
今回、御嶽が噴出した火山灰や噴石の総量は50〜100万トンだった。容積にすれば20〜45万立方メートルだ。東京ドームの容積が124万立方メートルだから、今回は東京ドームの1/6〜1/3ほどの量の火山灰や噴石が噴火によって飛び散ったことになる。
もちろん大変な量だ。しかし19世紀までの日本では、各世紀に4回以上の「大噴火」が起きていた。「大噴火」とは東京ドームの250杯分、3億立方メートル以上の火山灰や噴石や熔岩が出てきた噴火をいうのが普通だ。つまり今回の御嶽噴火の500倍以上もの規模の噴火が日本では繰り返されてきているのだ。
この「大噴火」は17世紀には4回、18世紀には6回、19世紀には4回あった。ところが20世紀になると大噴火は1914年の桜島の大正噴火と1929年の北海道の函館の近くにある駒ケ岳の噴火のたった2回だけだった。その後現在まで100年近くは「大噴火」はゼロなのである。
理由はわかっていない。しかしこの静かな状態がいつまでも続くことはありえない。むしろ「普通の」状態に戻ると考えるのが地球物理学的には自然である。それゆえ「大噴火」が21世紀には少なくとも5〜6回は起きても不思議ではないと考えている地球物理学者は決して少なくはない。
火山列島・日本
日本は火山列島である。北海道から九州・沖縄まで日本列島の地形の多くは火山が作ってきた。その火山群は日本列島を巡っている4つのプレート、太平洋プレート、北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートによって作られてきた。
4つものプレートが集まっておたがいに衝突しているというのは世界でも珍しい。このため日本には地震も多く、また火山も多い。たとえば地震でいえば、マグニチュード6を超える大地震の22%もが、面積でいえば世界の0.25%しかない日本に集中しているのである。
このうちプレートが衝突したあと地球内部に潜り込んだ太平洋プレートが深さ150〜200キロメートルのところで上面が溶けてマグマを作る。プレートの衝突は千島列島から東日本、そして西之島新島の先まで続いているから、火山は日本列島に平行した線上に並ぶことになる。この線を「火山前線」という。日本には千島列島から東日本を縦断して伊豆七島から西之島新島の先までの火山前線があり、そのほか、九州から台湾までの、別の火山前線がある。日本のすべての活火山は、この火山前線に並んでいる。
だが他方で日本人が風光を愛で、温泉を楽しみ、四季を味わえるのも、このプレートの衝突の「おかげ」でもある。プレートの衝突が高い山や火山を生んで日本の景観を作った。この山が四季のはっきりした日本の気候を形作っている。温泉はもちろん、火山と同じ地下から上がってきたマグマが作ったものだ。
日本の将来の発電の選択肢として地熱発電がある。日本が持っている地熱エネルギーは世界第三位。地熱発電を増やす余地は大きい。これもこのプレートの衝突が生んだマグマのおかげなのである。現在まではまだ小規模な地熱発電所しかないが、これらはすべて「火山前線」に並んでいる。これも火山の恩恵といえよう。将来はもっと増えるに違いない。太陽光発電や風力発電のように出力が昼夜や天候に左右されないのが地熱発電の特長である。
アイスランドに学ぶ
私は研究のために大西洋の中央にある孤島、アイスランドを13回、訪れたことがある。ここは太平洋プレートとユーラシアプレートが生まれているところで、この二つのプレートは、それぞれ地球を半周して日本で再び合わさって、日本の地震や火山を左右しているからである。
アイスランドも日本と似て火山が多くて地熱が豊富な国だ。この国の電力は地熱発電と水力発電ですべてまかなっている。いや、電力は余っていて「輸出」さえしているのだ。もちろん電力を「輸出」することは簡単ではない。だがこの国ではボーキサイトを輸入して、大量の電力を使って製錬してアルミニウムにして輸出するという方法で、余った電力を「輸出」しているのである。
このほか一時は市内のバスは水素で動いていた。水素は水を電気分解して作るもので、水素ガスの自動車は有害な排気ガスを一切、出さない。
なお、このプロジェクトは一段落して、いまは一般用の電気乗用車の普及を図っている。原子力発電所はもちろん、化石燃料を消費して二酸化炭素を出す火力発電所さえひとつもないアイスランド。日本が見習うべきことは多い。
そもそも日本列島は、地球の誕生以来の歴史を1日にたとえれば、わずか6分前にはじめて生まれた若い島だ。もともとユーラシア大陸の東端にプレートの作用でひび割れが走り、海水が流れ込んで狭い日本海を作った。それが日本列島の誕生だった。約2000万年前のことだ。
その後約500万年かかって日本海はいまの大きさに拡がって日本列島はいまの位置になった。しかしまだ解明されていないことだが、日本海の拡大は突然止まってしまったのだ。もし日本海の拡大がはるか前に止まってしまったとしたら、いまの日本の国はなかっただろう。たぶん、大陸の国の影響があまりに強くてその一部になっていたに違いない。他方、もし日本海の拡大がもっと続いていたら、私たちはヤシの木の下で腰ミノを着てすごしていただろう。
いずれにせよ、日本列島が大陸から分かれてから、まるで池の水面に漂う落ち葉が風に吹き寄せられるように、多くのサンゴ礁や海洋島や海山(海山=海面まで顔を出していない海底の山)が日本にくっついてきていまの日本を作った。日本列島には大陸時代の古い岩石もあるし、たとえば埼玉県の武甲山や滋賀県の伊吹山、山口県の秋吉台など石灰岩の山は、いまこそ内陸にあるが、もともとは南方からくっついてきたサンゴ礁だ。つまり、日本列島はモザイクなのである。
世界には、日本とちがって安定した大陸がある。たとえばカナダにもオーストラリアの大部分にも地震も起きず火山も噴火しない。日本とは対照的だ。
日本人が日本に住み着いたのは約1万年前だ。しかし、日本列島がプレートによって作られたのはそのはるか前だし、日本人が住み着く前から地震も火山噴火も繰り返してきていた。
日本に住む私たちは、地震や火山とともに生きていく知恵を持たなければならないのだろう。
じつは日本では「大噴火」よりもさらに大きな噴火もあった。7300年前の鹿児島・鬼界(きかい)「カルデラ噴火」だ。放出されたマグマは東京ドーム10万杯分にもなった。上に述べた「大噴火」よりもさらに400倍以上も大きな噴火だ。
鬼界カルデラにある硫黄島は薩摩半島の南方50キロにある。このときも大量に出た火山灰は関西では20センチ、遠く離れた関東地方でさえ10センチも降り積もった。
この種の途方もない大噴火、「カルデラ噴火」は日本では数千年に一度ずつ繰り返されてきたことが分かっている。約9万年前に起きた阿蘇山のカルデラ噴火では火砕流(かさいりゅう)が九州北部はもちろん、瀬戸内海を超えて中国地方まで襲った。火山灰は北海道までの日本全国を覆ったことが分かっている。
この種のカルデラ噴火は、いままでの日本では九州に多かったが、北海道でも本州でも過去には起きている。噴火としてはけた違いに大きなカルデラ噴火が、日本でこれから永久に起きないことはあり得ない。数千年ごとにこれからも起き続けるに違いない。
ところで、世界史では火山の大噴火で滅びてしまった文明はいくつかある。鬼界カルデラの噴火でも九州を中心に西日本で先史時代から縄文初期の文明が断絶してしまった。縄文初期の遺跡や遺物が東北地方だけに集中しているのはこの理由だと考えられている。
東日本大震災以後、日本に原子力発電所があるべきかどうか、議論が盛んになっている。地球物理学者から見れば、モザイクの成り立ちをもつこの火山列島で、これからも「大噴火」や「カルデラ噴火」、そして大地震が避けられない日本で、原子力発電所を持ち、その廃棄物を数万年の単位で長期間にわたって管理しなければならない核燃料を扱うことはなんとも無謀なことに見えるのである。
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