『青淵(せいえん)』(渋沢栄一記念財団)、2016年5月号。 33-35頁。

空は落ちてくるのだろうか

 さる2月、インドで騒ぎがあった。インド南部のタミルナド州の私立大学構内で大きな爆発があり、深さ約60センチのクレーターが出来た。大学のスクールバス運転手1人が死亡、3人が負傷した。

 州の首相は落下したのは隕石だったと発表した。州政府は「隕石が原因」として、家族に弔慰金を支給した。

 もしこれが隕石なら、記録に残る歴史上初の隕石による人間の死亡事故になる。

 とは言っても、隕石は過去たびたび地球に落下してきているので、たまたま人が死ななかっただけだけかもしれない。

 日本各地の神社で、落ちてきた隕石がご神体として祭られているが、どれも、当たったら死ぬほどの大きさである。

 平安時代の861年(貞観3年)に福岡県直方(のうがた)市に落ちて須賀神社にご神体として保存されている隕石は500グラムほどある。いつ落下したかが分かっている隕石としては世界最古のものだ。

 1992年には島根県八束郡美保関町(現・松江市美保関町)に落ちた隕石は二階建ての民家の屋根を突き破って床下にまで達した。重さは6.4キログラムもあった。もちろん、当たったら即死だろう。

 このほか2013年2月にロシア西南部の町チェリャビンスクにもっと大きな隕石が落ちた。衝撃波で東京都の面積の7倍もの範囲で4000棟以上の建物が壊れ、1500人もが重軽傷を負った。この隕石は広島に落とされた原爆の30倍ものエネルギーを放出した。

 その前、2008年10月にはアフリカ・スーダンのヌビア砂漠上空に大きな隕石が落ちてきた。落ちてきたものは直径約4メートル、重さ約59トンの小惑星だった。

 幸いこのときは、この隕石のほとんどは地上に落ちる前に成層圏で爆発して燃え尽き、ごく一部が地上に落ちてきた。砂漠は無人だった。1400キロメートルも離れたところを飛んでいたジェット機の乗員が激しい閃光を目撃している。

いきなり隕石が落ちてくるのではかなわない。事前に分からないものなのだろうか。

 ここ数年、米国アリゾナ州で「カタリナ・スカイサーベイ」という名の「地球近傍天体」観測計画が行われている。これは地球に近づいている天体を調べる計画で、アリゾナ大学の月惑星研究所が行っている。近くの「レモン山サーベイ」やオーストラリアの「サイディング・スプリングサーベイ」と提携している。たとえば2006年に見つかった彗星の大部分はこの3つのサーベイが発見したほどの能力を持つ。

 しかし、万全なものではない。このサーベイが見つけたのは、この3月に地球をかすめた小惑星「2013 TX68」があった。

 この「2013 TX68」は2013年に見つかった。しかし、その3日後に「2013 TX68」は太陽の光の中に入って見えなくなってしまったのだ。このため、この小惑星についてのデータをわずか3日間しか収集できなかった。

 この「2013 TX68」は米国時間の3月5日に地球に最接近することが分かっていた。地球にはぶつからない見通しだった。

 だが、データが少ないために、最接近の距離は最小1万7000キロから最大1400万キロとあいまいだった。1万7000キロなら放送衛星や気象衛星などの静止軌道衛星の高度よりもずっと地球に近い。約半分ほどだ。他方1400万キロならば、月までの距離の35倍もある。はるか遠くだ。

 この「2013 TX68」の大きさは直径30メートルと推定されている。これはチェリャビンスクで爆発した隕石の1.5倍もある。「2013 TX68」級の小惑星が同じように地球の大気中で爆発すれば、その2倍のエネルギーを発すると見られていた。

 ところで、スーダンに落ちた隕石は、史上初の「衝突前に発見された天体」だった。大気圏と衝突する20時間前に発見されたのだ。

 だが、チェリャビンスクに衝突した隕石はかなり大きなものだったが、それでも事前に発見できなかった。

直径数十メートルほどある小惑星は、地球の近傍に100万個はあると考えられている。だが、そのうち発見されているのは1万個ほどにしかすぎない。

 これからも大きな隕石は地球に落ち続けるに違いない。しかしチェリャビンスクの例のように、必ず事前に分かるわけではない。

 「2013 TX68」は最接近までは太陽の方向から地球へ向かって来ていた。このため、地球からは見えない方向だった。

 だが最接近以後は太陽の方向から外れるため、小惑星は太陽の光に照らされて急に明るくなって見えるようになる。

 そして新たな観測結果が得られれば、その軌道はそれまでよりずっと正確に分かるはずだ。このため地球への最接近後は、地球へどのくらい接近したのかがはっきりするはずだ。

 そのほか、太陽のまわりを回って、次回に地球へ接近する2017年9月28日には、地球と衝突するかどうか、とか、ぶつからないときにはその最接近の距離ももっと正確に分かるはずだ。

 それだけではない。正確な大きさや、どれくらいの速さで自転しているのか、またその物質、つまり岩なのか、金属なのか、それとも氷なのかも調べられるはずだ。

中国で生まれて日本に入ってきた言葉がある。「杞憂」。中国古代の杞の人が天が落ちてきはしないかと毎日心配して、食事ものどを通らなかったことから出来た言葉だ。心配する必要のないことをあれこれ心配することや、取り越し苦労のことを言う。

 しかし、現代の私たちにとっては笑い話ではすまないことが分かってきた。

 2000年から2013年の間に26個の大きな隕石が落ちてきた。これらが地球に衝突したときのエネルギーは、TNT火薬にしてどれも1000トンから60万トンの威力があった。

 ちなみに米国が広島に投下した原子爆弾はTNT火薬にして16000トン相当だったから、これらの隕石は、どれも相当な威力だった。もし都市を直撃したら大変なことになる。

 火薬1000トン相当以上のものが14 年間に26回。広島規模以上の隕石の爆発だけでも、平均すると年1回以上も起きている。

 最近の研究では、巨大な隕石が地球に衝突する頻度は、これまで考えられていたよりもずっと高いということが分かってきている。つまり「杞憂」は杞憂ではないことが分かってきたのである。

 幸いにして、いままで人が密集しているところに落ちたことはない。だが、これは偶然の幸運のおかげだった。地球の表面の3分の2は海であるうえ、陸地の多くの部分も人はほとんど住んでいないところだから、密集地に落ちる確率はそもそも低いのだ。

 しかし、今後はわからない。この幸運がいつまで続くのか、そのうちにどこかの都市に隕石が落ちて悲劇的な大惨事になってしまうかどうかは神のみぞ知ることなのである。

 インドの「隕石」は、その後の専門家の調査で、隕石ではないのではないか、ということになっている。写真を見ると青みがかった色の物体で、これは宇宙からの物体の特徴とは一致しない。また隕石は地面に落下した時点で発火したり爆発したりはしないというのが根拠である。

 もっとも、空から落ちてきたことは確かなようだ。空から落ちてくるものはいろいろある。隕石ではなくても、ロケットや人工衛星の破片などだ。そのどれかが落ちてきたのかもしれない。

 隕石も含めて、空からはなにがいつ落ちてくるか、まだ分からないのである。

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