『 都政新報』、2017年3月14日号。論壇。6面。

想定外とどう向き合うか

 昨年4月、熊本で大地震が相次いだとき、「想定外」のことだと報道された。2011年の東日本大震災も、また2014年に御嶽山が噴火して戦後最大の犠牲者を生んだときも「想定外」が繰り返されてきている。

 つまり、「想定外」という言葉は、本来責任をとるべき政府や役人にとっての免罪符として使われているのである。想定外と報道されれば、自然災害なのだからやむをえまい、という雰囲気がかもし出されてしまう仕組みなのである。

 だが、「想定」とはなんだろう。地震にせよ、噴火にせよ、政府の委員会が現在の学問レベルを無視して決めてしまった見積もりなのではなかったのだろうか。

 地震の場合、阪神淡路大震災(1995年)までは、政府に「地震予知推進本部」というものがあった。だが、予知できずに大地震が起きてしまった直後に、その本部は「地震予知」の看板を「地震調査研究」に掛け替えた。

 しかし、「地震予知」という看板を掲げて、それまでに使っていた役人のポストや予算を失うわけにはいかない。そのまま、あるいはそれ以上の陣容にしたのが「地震調査研究本部」が統括する事業なのである。

予知の看板を外す

 一方、いままでの柱だった地震予知をそのまま柱にするわけにはいかない。このために新しい柱として考え出されたのが、「将来の地震発生確率」と「活断層調査」だった。その結果として、「想定」が作られることになったのがいきさつなのである。

 だが、両方の柱とも学問的にはあてにはならない。たとえば、毎年春になると政府は「日本列島地震危険図」を発表する。これは将来の地震危険度を地図に表したもので、首都圏から九州まで、もっとも危険な赤やえんじ色が拡がっていて、その他の多くの地域は黄色になっている。また、この地図は地域ごとに随分違う地震保険料の算定基準にもなっている。

 しかし、阪神淡路大震災以後、現在までに起きた地震は、この政府の「想定」をすべて裏切った。2000年の鳥取県西部地震、2004年の新潟県中越地震、2005年の福岡県西方沖地震、2007年の能登半島地震、2008年の岩手・宮城内陸地震、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2011年の新潟・長野県境の地震などはすべて黄色のところで起きた。つまり、この「日本列島地震危険図」は皮肉なことに、黄色を安心情報として受けとってはいけないものだったのである。

 今後日本を襲う大地震は、いつ、どこに起きるかは学問的には分からない。それを、正直に「分からない」と言えない仕組みが動いているのである。じつは噴火も同じだ。

一人歩きする想定

 政府ではないが、地方自治体も同じような想定を作ることが求められている。たとえば東京都は首都圏を襲う可能性がある地震を4種類、想定している。

 フィリピン海プレートが起こす多摩地区での内陸直下型地震、立川断層という活断層の地震、フィリピン海プレートが相模トラフという海溝から潜り込むときに起きる海溝型地震、東京湾北部の直下型地震の4つである。

 しかし、それぞれに学問的な問題がある。たとえば東京湾北部の直下型地震は、ほかの3つが起きても東京23区の東半分で震度が小さすぎるから、あえて入れたものだ。これを入れたことで、千代田区、中央区などではじめて大きな震度が起きうる。しかし、東京湾北部で過去に大地震が起きたことはなく、その意味ではほかの3つとは違って人工的なものにすぎない。

 立川断層は活断層であることは確かだが、やわらかい堆積層におおわれている首都圏では、活断層が見えないのが当たり前だが、内陸直下型地震は起きる。たとえば安政江戸地震(1855年)は、日本の内陸で起きた地震では最大の犠牲者を生んだ。しかし、その震源と思われる隅田川の河口には、活断層は見えない。つまり、立川断層は東京から西へ行って堆積層が薄くなるのではじめて見える活断層にすぎないのだ。

 首都圏には「見えない活断層」がいくつもあり、そのどれが大地震を起こすのか、分かっていないのである。

 問題は、この4つの想定が一人歩きしてしまうことである。たとえば、ある区の橋が大地震で大丈夫かどうかは、この東京湾北部の直下型地震の震源と地震の規模を想定して計算されている。つまり「想定外」が起きてしまう素地はあちこちにある。

 科学が何を目指し、何に取り組み、どこまで分かっているのか、どこがまだ分かっていないのか、を正直に言うことが必要なのだ。それが専門家にとっても社会的な責任のはずなのだが、述べてきた事情ゆえ、それを言えないのが現状なのである。

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