『青淵(せいえん)』(渋沢栄一記念財団)、2018年4月号。 25-27頁。

世界の終末が遠のいた?



 日本で売っている磁気コンパスと、オーストラリアやニュージーランドで売っている磁気コンパスが違うものだということを知っているだろうか。

 日本のコンパスを南半球の国々に持って行ったら、コンパスは北を指すのではなくて、空を指してしまう。よく見ると、日本で買ったものならば、北を指す針よりは、南を指す針の方が長いか、あるいは南を指す針に錘が付いているのがわかるだろう。

 もし、コンパスの南北のバランスが取っていなければ、日本では水平線から54度も下を向いてしまう。これでは、水平というよりも、どちらかといえば下を指している角度だ。北へ行けば行くほど、この角度は下を向いて、北極近くに行けば、コンパスの北を指す針は真下を向いてしまう。

 他方、オーストラリアやニュージーランドでは、北を指すはずの針は上を指してしまう。だから、これらの国々で売っているコンパスは、北の針が長いか、北の針に錘が付いてバランスをとっているのだ。つまり、地球の上で磁石の針が本当に水平になるのは、赤道の上だけしかない。

 地球はひとつの大きな磁石である。それも、ただの磁石ではなくて電磁石だ。

 普通の電磁石は、巻いた電線の中に、電気を流して磁石にする。だが地球では、溶けた鉄の球の中で強い電気が流れて、電磁石になっているのだ。この溶けた球は、地表から2900キロ下にある。地球の半径は6370キロあるから、この球は半径で約3500キロ、つまり月の倍もある大きなものだ。

 しかし、なぜ、液体の球の中で流れる電流が電磁石を作っているのかというメカニズムはまだナゾなのだ。



 さらに驚くべきことがある。それは、地球の磁石が南北、ひっくり返ってしまったことがあることだ。

 南北がひっくり返る、といっても地球が上下、逆さまになる、と早合点してはいけない。地球の回りかたも、そしてもちろん地球の上にある大陸や海もそのままで、地球の磁石だけが、南北、ひっくり返る事件が何べんも起きていたのだ。

 たとえば、いまから百万年あまり前には、地球の南北が、今とはひっくり返っていた。つまり、北極が南極で、南極が北極だったのである。そのときに、もしコンパスがあったら、そのコンパスの北を指すべき針は、南極の方向をさしたに違いない。

 でも、それよりもっと前には、地球の南北は、また反対向きになっていた。反対向きの反対向き、つまりいまと同じだったのである。

 一回だけではない。いままでに、地球の南北がひっくり返った事件は数十回以上も知られている。まだ知られていないものも入れれば、何百回もあったのではないかと言われている。

 じつは、これが地球物理学者によって発見されたときは、本人でさえ信じられなかった。数百℃というキュリー温度を超えると、どの岩石も磁力を失ってしまうのだが、火山から出てくる溶岩などは、冷えるとまた、そのときの地球の磁場を記録する。

 そのときに、地球の磁場と反対向きに磁化することが、まれにある。反転磁化という。これが起きたのではないかと、一時は思われたのだ。だが、いろいろな証拠が集められ、特定の岩だけの反転磁化ではなくて、もっと広い範囲で現象が起きた、つまり地球の磁場そのものがひっくり返ったことが、ようやく分かったのである。

 つまり、地球の歴史の中で、地球の南北は、しょっちゅう、ひっくり返っていたのだ。



 しかし、地球の南北が、どうしてときどきひっくり返るのかは、分かっていない。モデルはないわけではないものの、地球とともに回転している溶けた金属の球の中に流れる電流が、なぜ反転するかのメカニズムは、まだ正確にはわかっていないのだ。

 「チバニアン」が話題になっている。千葉県市原市の養老川沿いに見える地層だ。この地層は77万年前のもので、地球の磁場が南北で逆転して今の南北になった現象が最後に起きた地層だ。

 見たらがっかりするような、なんの変哲もない地層だが、国際学会の作業部会が地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」として答申することを決めた。

 以後、物見高い観光客が殺到している。しかし、国際標準地としては、まだ本決まりではない。今後、委員会や理事会の審査で、それぞれ6割以上の票を獲得して正式になる。



 地質学的な調査から、いままで反転したときの詳細は少しずつ、分かってきている。それによれば、反転している期間は70万年くらいから600万年くらいまでと、じつにまちまちだった。

 反転に至るまでに数千年の間、地球の磁場がだんだん弱っていくことも分かっている。じつは地磁気を正確に測れるようになったのは19世紀だったから、まだ180年しかたっていない。その間、地磁気は一途に下がり続けている。つまり、数千年以内に、磁場がゼロになって、その後南北が逆転するのではないか、というのが地球物理学の定説になってきた。

 ところで地磁気が弱くなってなくなってしまう間には、地球に降り注ぐ宇宙線やX線が増える。これは人間に限らず、地球上の生物にとって、とても危険なことだ。生物のDNAを壊してしまって、生物が全滅するのではないかと考えている学者もいる。地球上の生物は、いまは地磁気が作ってくれるバリアの中にいるから安全なのだ。

 つまり、いままでの定説では、数千年以内に地球上の生物の危機が訪れるはず、ということになっていた。



 ところが、2017年になって、まったく違う発見があった。

 イスラエル・テルアビブ大学や米国の科学者による研究だ。それはエルサレム近辺から出土した3000年前の古代エジプトの陶器を分析して分かった。

 陶器の壺の取っ手に、それぞれの時代の王特有のマークや古代ヘブライ語が書かれている。つまり壺が作られた年代が正確にわかる。

 前に反転磁化のときに述べたのと同じで、陶器を焼くときの1000℃以上という高温でキュリー温度を超える。そして材料の粘土の中に入っている微細な鉱物の磁性がリセットされる。そして冷えていくときの地球磁場が改めて陶器に記録されていたのだ。これを感度が高い装置で分析した。

 この研究では、67個の陶器から、古代エジプトの600年間にわたるデータが得られた。それによれば、紀元前8世紀後半には磁場が一時的に高くて、いまの2.5倍に達していた。この時代は鉄器時代だった。この強さは現在に至るまでの10万年間で最大のものだった。しかし、その後30年間で27%も落ちたことも分かった。

 つまり、地球磁場は、短い間にも増減を繰り返していた。これは、いままでの学問的な常識を超える変化だった。

 だとすれば、現在まで測り続けている180年間で10%という減少が、そのまま続いてやがてゼロになって地球磁場が反転する、という定説が覆るかもしれない。

 さて、この説が正しければ、世界の終末が少し遠のいたのだろうか。

この文章の記事


『青淵(せいえん)』いままでのエッセイ

11:地球外に生命はいるのだろうか『青淵』、2017年3月号。{3200字}。28-30頁。
10:空は落ちてくるのだろうか『青淵』、2016年5月号。33-35頁。{3200字}(その記事は)
9:地球の丸さの世界初の測定『青淵』、2015年4月号。27-29頁。
8:地球物理学者にとっての「一日の長さ」『青淵』、2014年5月号。28-30頁。{3200字}。
7:日本の「地球物理学的な」歴史『青淵』、2013年6月号。27-29頁。{3200字}
6:南極の火事『青淵』、2012年5月号。16-18頁。{3200字}
5:人間の方向感覚、動物の方向感覚『青淵』、2011年4月号。 28-30頁。{3200字}
4:地震学者が大地震に遭ったとき---今村明恒の関東大震災当日の日記から『青淵』、2010年5月号。36-38頁。{3200字}
3:外から見た日本『青淵』、2009年6月号。19-21頁。{2500字+写真4枚}
2:アフリカの仮面の「眼」『青淵』、2007年12月号 (705号)。34-37頁。{3500字+写真6枚}
1:アフリカの仮面との出会い『青淵』、2005年5月号。12-14頁。{3200字+写真3枚}


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