『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)から

島村英紀『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』からの抽出:「ラジオ」

(気の弱いNHK関係者の方は読まないでください)
便利な時代になったもので、原稿から関係部分だけを拾い出すことがごく簡単にできるようになりました。20年前には考えられなかったことでしょう。これは、ホームページ読者の方から要望があった、私の本からの「抽出」です。

元原稿での行数:492行目(20字詰めで)

 洗面台には鏡がない。湯も出ない。また、下着を洗ったり、身体を拭くことは禁止されている。

 そもそも、部屋のどこにも鏡がない。

 眉間の皺が増えた、などと心配させることのないような親心、というわけではあるまい。割って、刃物代わりにしたら困るからであろうか。

 また、館内放送やラジオをときたま流すスピーカーの音量調節もない。ラジオのチャンネルの切り替えやオンオフのスイッチもない。

 そのうえ、天井の電灯の点滅や光量の調整もない。昼は30ワットの、また就寝時は10ワットの直管式の白色蛍光灯が点きっぱなしである。

 ふだんは畳んで畳の上に積み上げてある蒲団や毛布も、敷くと畳部分の3分の2ほどを占めてしまう。

 しかし、部屋が狭いのは狭いなりの利点もないわけではない。

 狭いがゆえに、なんにでも手が届く。タオルも、布巾も、茶を入れたやかんをさらにプラスチックの風呂の洗い桶に入れた「茶道具」も、ゴミ籠も、皆、しごく簡単に、手が届いてしまうのである。

元原稿での行数:2183行目(20字詰めで)

 独房の数少ない楽しみは、食事のほか、読書である。テレビはなく、ラジオも決まった時間だけ、しかもお仕着せの放送だけの独房生活では、拘置所が貸してくれる本は、もっとも大事な娯楽であった。

 予算が少なくて・・というのが、なにかにつけて拘置所の看守たちの口癖になっているくらいだから、蔵書の数も種類も知れている。予算の不足は、あちこちに及ぶ。私の部屋の化繊の毛布には10年前の備品票が貼ってあった。

元原稿での行数:2237
行目(20字詰めで)

 4月29日。土曜。いよいよゴールデンウィークに入った。拘置者にとって連休はむしろ苦痛だ。風呂も運動もなく、独房から出る機会がなくなってしまうからである。

 連休には官本の入れ替えもない。当番の看守はいつもの担当看守ではないから、看守との会話も少ない。

 休日だといつもより長時間のラジオは、音量も自分では変えられず、スイッチも切れないので、ときには苦痛である。「雲が動くのは地球が自転しているからですね」と言う程度の民放パーソナリティや、北海道だけの民放だろうが、松山千春の押しつけがましい説教もうるさい。

元原稿での行数:2843
行目(20字詰めで)
■ラジオは毎日7〜12時間

 普通の部屋にあって独房にないものは、鏡、ACコンセント、そしてスイッチである。天井の電灯の点滅のスイッチはない。ラジオのスイッチもないのである。

 しかし、独房ではラジオが聞ける。スピーカーが1個、廊下側のガラス窓の上、独房の壁についている。直径12センチほどの小型のスピーカーだから、音質はよくない。だがスイッチはない。収容者の意志でオン・オフはできないのである。

 じつは音量調整は4段階(3-2-1-0で0はオフ)ある。しかし、この調整ノブは廊下側についていて、拘置者は自分では操作できない。看守に頼むしかない。

 チャンネルや放送局や放送時間は、自分では選べない。

 ラジオの放送時間は平日と土日では違い、平日は日に7時間(「生活のしおり」には5時間とある)、土日は12時間である。

 その他、拘置所からの通知の放送がある。注意や、購入品の値段や種類の変更のアナウンスである。これはもっぱら、夕食直後に行われる。

 放送の時間と放送局は、プログラムされている。

 NHKは毎日12、18、19時からの10分間である。いずれも、ニュースの時間だ。その後、たいていの日は民放に切り替える。

 民放は、各社から文句を言われても困るせいか、FMを含めて、各社まんべんなく流すことになっているらしい。といっても札幌の民放はAM2社、FM2社しかない。

 NHKのニュースでは「全国ニュース」だけしか拘置者や受刑者に聞かせないつもりだろう。地元の犯罪や知り合いの情報を聞かせない気だろうか。厳密に10分で打ち切ってしまう。

 このため、大きなニュースがあると、全国ニュースでも途中で打ち切りになってしまう。

 滑稽なのは、日曜だ。12時10分にNHKを打ち切るのだが、日曜は、その後もNHKにプログラムされているので、12時15分からの「のど自慢」まで5分間は無音なのである。

 放送時間は、平日は12時から13時までの1時間と、15時から21時までの6時間である。

 土日は朝9時から21時までの約12時間、通しで流す。

 これらは、一週間のスケジュールを自動プログラミングしてあるらしい。また、その時計は電波時計を使っているのだろうか、極めて正確で、時報の直前にスイッチが入る。

 取り調べの帰りに廊下を通るときなど、廊下側でも独房のスピーカーの音が洩れてくるので、どの独房も同じ放送を流しているのが知れる。

 音量は最低の1でも、結構、うるさい。

 とくに絶叫調のプロ野球中継は耳を覆いたくなるほどだ。本を読んでいても紛れない。なかなかの苦痛だ。スイッチがほしい。

 しかし看守に頻繁に音量調整を頼むわけにはいかないので、ずっと1のままだった。

 音を少しでも小さくしようと、スピーカーの上の隙間に紙をはさんで「弱音」化を試みたり、ちり紙を耳栓代わりにしたりしたが、ほとんど無駄だった。550円の耳栓は、このために売っているのであろうか。

 なお、寝ていても、たとえば放送がまだ続いている18時の就床時間以降でも、蒲団や毛布を頭からかぶることは禁止されている。収容者がどんな状態でなにをしているのか、廊下を巡回している看守がいつも分からなければいけないからである。

 拘置所や刑務所当局は、スポーツ放送を聞かせておけば無難、と考えているらしく、プロ野球中継は週2日、大相撲が始まると必ず16時から18時までは放送する。

■ラジオ。外界への小さな窓

 この独房のラジオは、独房で知ることができる、わずかに開いた外界への窓である。とくに接見禁止措置がついて、新聞も雑誌も読むことができない私にとっては、退屈な独房生活を紛らわせてくれる大事なものだった。

 しかし、NHKのラジオニュースの最初の10分間であとは打ち切り、というのは、じつはなんともストレスがたまる「外界への窓」であった。

 たとえば5月から6月にかけてドイツで行われていたワールドカップサッカーのときは、ほとんど連日のように、最初の10分のほとんどをサッカーに費やした。

 6月12日には、サッカーワールドカップの予選で19時のラジオニュースの最初の10分間、つまり私が聞ける時間帯のすべてをスポーツで使い切ってしまった。

 冗談ではない。他に大事なニュースはいくらでもあるだろう。しかも、決勝や準決勝ではあるまいに、たかが「予選」だ。そのニュースのあと、深夜に行われた試合の内容はオーストラリアに3対4で逆転負け。少し、これで頭を冷やしてくれ。NHKは「日本のBBC」には遠い。

 またNHKの18時のニュースを楽しみにしていたら、よくプロ野球中継でつぶれた。

 NHKは、いつスポーツ放送局になったのだろう。おかげで、なんのニュースも聞けなかった。それに、普通の日でも「10分間」に、ほとんど必ず米国の野球リーグでの日本人選手のニュースが入る。こんなものが万人に聞かせるべきニュースなのだろうか。

 ラジオのニュースを忙しく聞く人は多かろう。定時に、最小限の時間で最多のニュースを流すのがニュース番組の務めのはずだ。

 また、滋賀や秋田など、各地の殺人事件のような社会ネタを長々と報じるのにも閉口した。そんなことはテレビのワイドショーにまかせておけばいい。日本でも、イラクでも、アフガニスタンでも、もっと大事なことがいっぱい起きているはずなのである。

 NHKの良識などというものは、とっくにどこかへ行ってしまったのだろう。

 それに、10分間で切ってみると、いまさらのように、NHKのニュースのはじめの10分には、政府の公報としか思えない記事(放送)が多いことにも気がついた。記者が足で集めた、これこそニュースというものは、最初のうちには入っていないことが多いのである。

 ところで、拘置所にいると、やはり、勾留や保釈のニュースが気になる。

 4月25日。ホリエモン(堀江貴文ライブドア社長。1月23日、私の9日前に逮捕)保釈。3ヶ月目。3回目の保釈申請で、という。検察の準抗告で翌日にずれ込んだが。

 羨ましいといえば羨ましい。

 ホリエモンは8キロとか、別のニュースでは15キロ減ったとか。幸い、私は減っていない。心労なのか、あるいは、ふだん贅沢な食事をしていたので、拘置所の食事がまずくて喉を通らなかったのか。

 ちなみに、拘置所では、食事を自弁で取ることができる。しかし、これは寿司屋や天ぷらやピザ屋の出前ではなく、コンビニ弁当である。

 5月6日。神戸刑務所で、120%の過剰収容のために独房に2人入れたので、殴り合いで殺人発生。刑務所は収容者が溢れているのである。この札幌拘置所も、半分は刑務所から溢れてきた受刑者が入っている。

 なお、このニュースは、休日はラジオが長時間なので、いつもの定時ニュースの最初の10分間だけでは聞けないニュースが、たまたま入ってきたものだ。

 5月20日。チリでアルベルト・フジモリ氏(ペルー元大統領)保釈。日本以外ではどんな条件で保釈されるのだろう。そのうち、調べてみよう。

 6月5日。福井日銀総裁も私的資金の管理を頼んでいた村上ファンドの村上世彰代表、証券取引法違反(インサイダー取引)の容疑で逮捕。この後6月23日に起訴。6月26日に保釈決定。もう保釈か。いいなあ。

■気にしてもしょうがないが

 そのほか、私の専門である地震や火山のニュースも気になる。気にしてもしょうがない、私にはなにもできない立場なのだ、と思いながらも気になるのは、学者の哀しい性だ。

 3月19日。福岡県西方沖地震(死者1名、しかし甚大な建物被害)1周年。地震保険の伸び率が佐賀県が1位、福岡県は2位とか。だが、私が警告し続けてきた、地震保険の制約や弱点を人々はちゃんと知って入っているのだろうか。

 3月21日。雌阿寒(標高1499メートル。北海道東部の阿寒国立公園にある)小噴火。北海道の4つの活火山はどれも表面温度が高く、いつ噴火しても不思議ではない状態が続いてきている。気にはなるが、拘置所にいてはどうしようもない。

 3月24日。金沢地裁、志賀(しか)原子力発電所2号機の運転差し止めの判決。地震の不安で。原子力発電所の建設時に想定した震動よりもずっと大きな震動が近年、各地で記録されているから、当然だろう。

 そういえば、将来の地震でもっとも危ないと思われる中部電力の浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の差し止め訴訟はどうなったろう。私の同僚である地震学者の石橋克彦さん(神戸大)や、被告・原告両側の証人になっている入倉孝次郎さん(元京大)は、なにを証言するのだろう。

 4月30日。静岡県熱海で震度5弱。マグニチュード(M)4.5。4月17日から伊豆半島東方沖で群発地震が続いていたという。4月21日にはM5.4で震度4。5月21日はM5.6で震度4。

 伊豆半島のすぐ東から海岸にかけては、地下に広くマグマがあり、もともと地震の巣のようなところだ。いままでは幸い海底での噴火や地震だったが、いずれは内陸直下の地震か、あるいは陸上で噴火を覚悟せねばなるまい。

 5月27日。インドネシア・ジャワ島でM6.3の地震が起きた。のちにジャワ島中部地震と名付けられた地震だ。震源の深さは35キロ。(初報ではM6.0、17キロだった)。1500人以上死ぬ。このあと19時のニュースでは2500人以上、翌28日には3500人以上、さらに29日には5100人、30日には5400人、6月11日には6200人、とうなぎ登りに増えていった。

 私がこうしているあいだにも、世界のあちこちで地震で人が死んでいっているのだ。拘置所にいなくてもなにかできるわけではないだろうが、地球物理学者として、もどかしい。

 6月3日。長崎県の雲仙普賢岳、火砕流で43人死亡から15年の式典。もう15年か。喉元過ぎれば、全国で熱さ忘れる。げんに、同じような火砕流の危険が指摘されている北海道の樽前山では、火砕流の通り道の原野だったところに、どんどん、苫小牧の市街地が拡がっていっている。

 6月12日。大分県で稍深発(ややしんぱつ)地震。M6.2。震源の深さは140キロ余。広島県、愛媛県などで7人負傷。潜り込んでいくフィリピン海プレートの地震だろう。地震学的には、将来起こるべき東海地震や、南海地震が起きるための留め金が、これでひとつ外れたことになる。

 5月13日。インドネシア、メラピ火山、噴火で住民に避難勧告。地球の息吹は続いている。

■訃報が気になる

 そして、拘置所に入って、改めて気になったのは訃報だ。

 いままでは、新聞にせよ、テレビにせよ、また友人や知人からの通知にせよ、知人や有名人の訃報を「逃す」ことは心配していなかった。

 しかし、「最初の10分間ニュース」では、訃報が報じられることは、まず、ない。報じられたとしても、大物政治家や大物財界人など、私には関心がない訃報だ。知人や、私が関心があって、もっと活躍してほしいと願っている人たちが死んだのではないか、というのは、こんな立場になってみると、にわかに気になるのである。

 拘置所では、土日だけは「最初の10分間ニュース」ではないニュースが紛れ込むので、このような「重要ではない」ニュースも聞き取れる。また、北海道の民放では、NHKの全国ニュースには流れないニュースも流れる。

 アイヌの萱野茂さんが5月6日に死去していた、とのニュース。79歳。以前、千歳空港でたまたまお会いしたときにも、短い会話のなかに温かい人柄が滲んでいた。

 5月15日。民放ラジオのニュース。イラク派兵に強く反対していた小樽在住の箕輪登・元自民党衆議院議員(元防衛政務次官、郵政大臣)、前日に死去していた。82歳。これもNHKの全国ニュースでは、政府の方針に反旗を翻したということで、順位が低くて無視されるニュースだろう。

 4月15日。広井脩東大教授死去。59歳。災害心理学。よく会議や講演で一緒になった。大腸ガンの手術後、痩せてしまっていたので心配していた。知り合いの記者たちをxxちゃん呼ばわりするなど「マスコミ好き」の度が過ぎたが、災害と社会の問題では、それなりの存在が光っていた。この分野では岡部慶三さんの後を広井さんが継いだわけだが、あとは誰が継げるのだろう。これも、たままた長時間のラジオの日だったので知った。

 5月29日。米原万里さんが先週木曜に死去していた。卵巣ガン。56歳。あれほどの才女が。しっかり芯が通っていて軽妙なエッセイ。確かな視点。ときに、あるいはしばしば、というべきか、品が悪いが卓抜なユーモア。惜しい。

 5月30日。映画監督の今村昌平死去。79歳。たしか私の高校の先輩だ。

 6月13日。岩城宏之死去。73歳。指揮者。エッセイは米原万里さんのような「芯」がなく嫌みもあったが、ある種の知識人ではあった。

■歳時も気になる

 歳時も気にならないわけではない。一年中22℃とか24℃とかの独房では、外の世界がどんな気候なのか、これも、気になるのである。

 4月30日。東京・練馬で22℃とか。練馬には私の自宅がある。札幌ではまだ雪の季節なのに。家族はどう暮らしているのだろう。職場や家で、まわりのどんな視線を浴びているのだろうか。

 5月1日。東京・練馬は30.3℃とか。真夏だ。一方、稚内は最高3.1℃。日本は広い。

 5月3日。知床峠は冬の通行止め解除の予定だったが、雪で中止。ようやく5月7日に開通。これが北海道なのだ。

 5月5日。桜、函館でもまだ開花せず。翌々7日に渡島半島の江差と函館でソメイヨシノがやっと開花。桜前線が北海道に上陸。

 5月12日。釧路で蝦夷山桜咲く。平年並み。

 5月14日。雪で北海道の中央部にある幹線国道、日勝峠が通行止め。知床横断道路も。狩勝峠も雪。もう夏タイヤに替えてしまった車も多いだろうに。一方、沖縄では梅雨入り。

 6月21日。北海道、6月には日照不足と低温、とくに十勝で。農業が心配。

 6月24日。道内初の海開き。小樽ドリームビーチ。しかし水温15℃、気温も14℃という。風邪を引くよ。これが北海道の海水浴。浸食で砂浜が減ったという。

 7月9日。最高20℃。涼しい。民放のラジオ「まだ沿岸では寒いですが、だんだん夏らしくなりますよね。夏が近づきましたね」と。これが北海道の7月。

 7月15日。東京大手町で36.1℃とか。北陸から福島で大雨。遠い世界の話。

 拘置所で辛かったことは、私の好きな音楽が聴けなかったことだ。私は母が大学のピアノ教師で、子供のころから家での生徒のレッスンのピアノを聴き続けてきたせいか、音楽といえばクラシック音楽しか聴かない。とくにショパンやウェーバーが好きだ。

 しかし、日本の放送はどこでもそうだが、クラシック音楽がごく少ない。欧州やアルゼンチンとは大違いだ。

 4月8日。ラジオで、入所以来2ヶ月目にして、初めてショパンを聴く。

 わずか2分ほどだが、涙が出そうになる。

 5月4日。なんと、ラジオでモーツアルトをやっている。入所以来、モーツアルトは初めてだ。ピアノ協奏曲九番。生誕250年というので東京国際フォーラムでの中継の一部だった。祝日の夕方のNHKのFM放送だ。

 ごくたまにモーツアルトやショパンが放送されるときはスピーカーの近くまで行って耳を近づける。

 まとまったクラシック放送は入所後、初めてだった。期待した。しかし、たった3曲だけで、すぐにつまらないおしゃべりに戻ってしまった。

 6月13日。夕方のラジオ。意外にもHBC(北海道放送。TBS系)でショパンの「革命のエチュード」を聞く。よかった。

 久しぶりのクラシック音楽。アイスランドの地球物理学者アイナルソンのことを思い出す。彼を日本に呼んだとき、生まれて初めて日本に来て、異国の不安にさいなまれたという。どこかの館内放送でやっていたモーツアルトをたまたま聞いて、ほっと安堵した、と彼が言っていた話を思い出す。

 当時は気障な野郎だと思ったが、なるほど、その気分はいまなら分かる。反省せねばなるまい。

元原稿での行数:3523行目(20字詰めで)

 こうして、初公判は、実質30分ほどで終わった。

 閉廷、の裁判長の言葉とともに、ベンチ前で、看守2人に、手錠と腰縄を着けられる。衆人環視のもとだ。

 そして、退廷するために被告人が出入りする専用の扉へ近づくと、傍聴人が柵のところまで駆け寄ってきてくれた。家族、友人、知人たちだ。

 お元気で、頑張って、お身体に気をつけて、とつぎつぎに声がかかる。

 身にしみる。

 しかし、私には返事も合図もできない。

 これは、辛いことであった。

 北海道大学のある職員は、傍聴席の後の方から駆け寄ってきてくれて、「頑張ってください。お身体をご大切に」と大きな声で言ってくれた。だが、手を振ることも、声で返事をすることも、許されていないのであった。

 そしてまた、専用のエレベーターで地階の仮監へ戻る。

 廊下を歩きながら、看守たちは耐えかねたように好奇心を剥き出しにする。「弁護人は東京から来ているのか」「駆け寄ってきたのは誰か」「スーツを着たあの女は」など。

 聞きたいことはいっぱいあるのだろう。「職場」では行儀よく、沈黙を続けなければならない、なかなかたいへんな職業である。裁判中も、暑くて、ときどき帽子を脱いで顔を拭っていた。退屈だろうが、もちろん居眠りはできない。

 11時すぎのマイクロバスに乗って11時45分頃、拘置所へ帰る。帰りは拘置者7人と看守たちだった。

 なかに一人だけ手錠のない「乗客」が座っている。無罪だったのか。執行猶予なのか。裁判は天国と地獄を分ける。

 冷えた昼食が独房に置いてあった。オレンジがデザートについているのは嬉しい。

 昼からの民放、北海道放送ラジオのニュースが流れている。たった2、3しかないニュースのなかに私の裁判のニュースがあった。容疑を否認、と報じている。北海道では結構な大ニュースなのだ。

 13時頃から入浴。順番は終わっていたが、入れてくれた。気持ちも暖かくなる。


この「獄中での「ラジオ」は2007年10月刊行の講談社文庫『私はなぜ逮捕され そこで何を見たか』の一部です。
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