『学術月報』(日本学術振興会)2004年5月号に掲載

日本の極地観測の課題
(雑誌掲載時の題は「固体地球物理学分野・IGY以後の問題点とIPYへの期待」)

1:南極の固体地球物理学観測の歴史と問題点

 IGY(1957-1958年。この名前の意味は「国際地球物理学年」だが、日本では国際地球観測年と称された)は、その名の通り、多くの地球物理学の分野で各国で観測が行われ、大きな成果を上げた。

 しかし、当時のある文書で「我が国での観測内容は、地磁気、極光(オーロラ)及び夜光、電離層、太陽活動、宇宙線、南極観測、ロケット観測など」とあるように、固体地球物理学の分野では、南極観測の一部としての固体地球物理学以外は、それほど大規模な観測は行われなかった。

 これは、固体地球物理学の分野では、当時はまだプレート・テクトニクスの登場前、つまり地球科学の大きな変革が起きる前だったし、また、地下構造研究も、観測機器や手法が未熟だったせいであった。もちろん、海底地震計は、まだ影も形もなかった。地球表面の3分の2を占めるばかりでなく、プレートが生まれる場所も、消え去る場所もともに海底にあるという海底の大事さは、まだ知られていなかった。

 また、固体地球物理学の研究対象も、それぞれの研究者が住んでいる近辺だけにほとんど限られていて、北極や南極は、一般的な研究対象ではなかったと言えるだろう。

 1957年から始まった昭和基地での越冬南極観測は、その後一回だけ越冬観測を断念したが、毎年順調に続けられ、地震観測や地磁気観測や絶対重力計などの固体地球物理学関係の観測がしだいに増やされた。

 なかでも1995年から始まったSEAL計画は、地表で行われる地質調査と、制御震源地震学(人工地震)を使った地下構造の協力でゴンドワナ旧大陸の発達史の研究に成果をあげてきている。

 そのほか、昭和基地付近には南極大陸の広い範囲に落ちた隕石が氷河の流動とともに集められて氷上に出てくるメカニズムがあることから、多くの隕石が集められ、日本は世界一の隕石保有国になった。なかには月や火星から来たものがあることも分かった。これらの隕石は、太陽系や宇宙の科学に大きな貢献をしている。

 この昭和基地を中心にした南極観測は、国立極地研究所を中心にし、全国の研究者が参加する形で行われてきた。研究者からの発想による、いわばボトムアップ型の研究が組み立てられてきたのである。

 ところで昭和基地の周辺は安定した大陸であり、地球の歴史のスケールで見ると、「最近の事件」はほとんどないところである。地震も起きない場所だ。

 それゆえ、固体地球物理学者にとっての昭和基地は、それなりに大事なところとはいえ、それほど大きな研究上の魅力がある場所ではないという面もある。

 もちろん、昭和基地付近の研究、さらにゴンドワナ大陸時代に南極の「隣接」地帯だったアフリカやインドの研究によって、いまから40億年前から5億年前までの先カンブリア時代の大陸の発達史を探る研究が続けられているのは、地球科学にとって大事なことだ。46億年の地球の歴史のうちの大きな部分が明らかになる可能性がある。

 しかし一方で、少なくとも固体地球物理学の分野では、日本の南極観測のほとんどの勢力が、いつまでも昭和基地とそのまわりだけに限られているのは、科学のためにも好ましくはないことなのではないだろうか。IPYを機会に、他国と共同して、いままで手が着かなかった地域の研究にも手を広げようと踏み出すのは大事なことである。

 日本の南極観測には、もう一つの問題もある。それは、昭和基地へ毎年行っている世界有数の巨大な砕氷船『しらせ』が、いまの日本の南極観測のやり方では、もっぱら年一回の昭和基地への資材と人員の補給だけにしか使われていないことだ。このため、運べる資材の量も、隊員の数も増やせない限界が来ている。また、あくまで輸送が主な仕事だから、昭和基地の周辺以外の南極海や、往復の途中の海域での観測さえも、ほとんど行えない仕組みになっている。

 また、日本に帰っている4月から11月までの間に、その強力な砕氷能力を生かして北極海に観測に行くことは、自衛隊法(雑則)の制約から不可能なのである。

 この日本の現状と対極にあるのがドイツだ。『しらせ』とほぼ同じ大きさのドイツの砕氷船『ポラーシュテルン』は、ドイツの南極基地への補給に、『しらせ』と違って夏に二回往復している。一回は南アフリカのケープタウンからの往復のようだが、いずれにせよ、一回か二回かは大いに違う。

 このほか『ポラーシュテルン』は、北半球の夏には北極圏の観測を行うなど、ずっと効率的に使われているのはうらやましい。しかもその北極圏の観測はドイツだけではなくて各国に開放されている。これはドイツの科学だけではなくて、ドイツそのものの対外的な評価を高めるためにも貢献している
(注1)


2:北極の固体地球物理学観測の歴史と問題点

 南極と違って北極には陸地はない。北極の固体地球物理学とは、海底の地球物理学なのである。

 北極海の海底には世界一知られていない海嶺であると同時に、年に約0.8cmと、世界一拡大速度が遅いナンセン・ガッケル海嶺が走っている。北極海の海底は、この海嶺から生み出されたプレートなのである。ナンセン・ガッケル海嶺はグリーンランドとスピッツベルゲンの間を走っている大西洋中央海嶺の北への延長部分を占めていて、ロシア東部の海岸に達するまで、1800kmほどの長さがある。

 つい十数年前までは、北極海は冷戦下の米ソ両国がにらみ合い、両国の原子力潜水艦が氷の下を遊弋するという、科学的な観測などはおよびもつかない場所だった。しかし、冷戦の終結以来、北極海をめぐる時代は急速に変わった。砕氷船など、それなりの装備を投入できれば、研究の門戸が開かれた時代になったのである。

 この海嶺の拡大速度がなぜ遅いのかは地球科学の重大なナゾである。この遅さの原因を調べるためには、中軸谷の精密な地形、地殻構造、地震活動、上部マントルの地下構造と物性、海嶺と断裂帯のありさまなどを調べあげなければならない。

 大西洋中央海嶺とナンセン・ガッケル海嶺は、その両側にユーラシアプレートと北米プレートを生み出している。これらの海嶺で生まれた二つのプレートは、地球をお互いに反対側に回ったあと、再び、東北日本の日本海岸沖で会合して衝突している。このプレートの衝突が、北海道南西沖地震(1993年)や日本海中部地震(1983年)を起こしたわけだから、日本にとっても関係があって重要な海嶺なのである。

 一方、北極圏の海は大量の氷を有すること、大西洋からインド洋の深海を通って北太平洋にまで達する深層循環水の数少ない供給源のひとつで(もう一ケ所は南極のウェッデル海が知られている)、世界の海流循環の約9割もの水量を占めることなどから、世界の気候や環境にとってきわめて重要な海でもある。また生物資源についてもきわめて影響が大きい。この海の「容れ物」である北極海の海底を研究することは、地球全体の環境研究のためにも重要なことなのである。

 前に、ドイツの『ポラーシュテルン』が各国の研究者を乗せて夏に北極海で活躍していること、一方『しらせ』は、北極海に観測に行くことが不可能なことを述べた。

 北極海には厚い氷があるから、砕氷船といえども、北極海の冬にはどこでも行けるわけではない。しかし夏でも直径何キロもある巨大で厚い氷があちこちに残っているから、砕氷船を使っても、北極海の全域を自由に動き回れるわけではない。『しらせ』や『ポラーシュテルン』のような大型の砕氷船ならば、夏ならばかなりの部分に行くことができるが、それでも氷が比較的少ないナンセン・ガッケル海嶺の西半球側、つまり欧州側の北極海だけが、安心して観測に出かけられる海域である。それ以外の海域では、かなりの難渋を強いられる。

 つまり、北極海の科学の扉が開かれたばかりの時代に、日本の大型砕氷船が科学のために活躍する余地は大きく残っているのである。


3:私たちの南極と北極の観測

 昭和基地近辺のような固体地球物理学からは「事件」がない地域に比べて、たとえば南極大陸では反対側のロス海では、エレバスという活火山が活動しており、各国の手で観測が行われている。また、南米側の南極半島とその周辺、つまり「西」南極では、南シェットランド海溝からプレートが潜り込んでいて、地震や火山噴火が起きたり、日本海のような縁海が生まれるなど、地球科学的な「大事件」が次々に起きている。いくつかの国の研究者のグループが西南極に挑んでいるが、まだまだナゾを解くには遠い。

 このため、私たち北海道大学理学部の海底地震計のチームは、ポーランド科学アカデミー地球物理学研究所やアルゼンチン国立南極研究所と協力して西南極の海底で地下構造を解明する観測を行った。1990-1991年のシーズンのことであった。

 私たちは、北海道大学から海底地震計を持ち込んで、西南極で南極半島と南シェットランド諸島にはさまれる幅150kmほどのブランズフィル海峡を舞台にして国際共同で地下構造探査を行なった。この海峡は、南太平洋の底にあるプレートがシェットランド海溝から潜り込むときに作った背弧海盆だと思われているが、その拡大がすでに止まったのか、止まったとしたらなぜなのか、あるいは少しずつながらまだ動いているのか、それが背弧海盆や縁海の形成や成長を研究するうえで、重要な鍵を握っているのである。

 そのほか、私たちは1987年以来、毎年のように北大西洋から北極海にかけての海底地震観測に出かけている。2003年までに20回の観測を行った。一番北はスピッツベルゲンの西方の北極海である。それら大西洋各地での海底地震観測は、いずれも欧州の研究機関との共同研究を組んで行ってきた。具体的には、海底地震計は私たちが持ち込み、欧州側に観測船を出してもらっている。共同研究の相手はベルゲン大学(ノルウェー)、アイスランド気象庁、アイスランド大学、パリ大学(フランス)、IFREMER(フランス)、リスボン大学(ポルトガル)、ハンブルグ大学(ドイツ)、ケンブリッジ大学(英国)、ポーランド科学アカデミー地球物理学研究所などである。

 私たちが開発してきた海底地震計は、いまでは観測に動員できる海底地震計の数が、多いときは50台にもなった。これほどの海底地震計を一つの観測に投入できる研究機関は世界の他にはない。このため海底地震計は日本周辺での研究や地下構造の地震探査に活躍しているほか、各国から招待を受けて世界各地で研究が行われているのである。

 海底地震計は、自然に起きる微小地震を観測して「海底のプレートの現在の動き」を詳細に探ることと、制御震源地震実験を行って海底のプレートの深部地下構造(地殻と上部マントル)を研究することが出来る。

 前者については説明がいるかもしれない。プレートは年に数cm以下というゆっくりした速さで動き、岩に歪みを与えていく。しかし私たち地球物理学者はあいにくなことに、陸上ならいざ知らず、海底では歪みそのものもプレートの動きそのものも測ることはできない。私たちにできるのはプレートの動きの「結果」を地震として観察することだけなのである。この意味では地震計は地球の「いま」を診る、つまり地球の聴診器だと言える。

 後者について、地震計は地球のレントゲンでもある。電波もX線も地球の中を通れない。それゆえ、地球のレントゲン写真を撮るために私たちが使うことができるのは、地球の中を唯一自由に伝わることができる地震の波だけなのである。人体の透視に例えれば、X線源が人工震源、地震計がフィルムである。地殻や上部マントルの地下構造を地震計を使った地震探査以上に詳しく、しかも正確に研究する手段はない。そして研究対象が海底ならば、海底地震計が必要になる、というわけなのである。

 北極海の海底研究へのつながりとして、アイスランド付近以北の大西洋中央海嶺の研究の重要さが注目を浴びている。アイスランドのすぐ北にあるコルベインセイ海嶺から北へヤン・マイアン海嶺、モーンス海嶺、クニポビッチ海嶺といった海嶺が、それぞれ大西洋中央海嶺の一部分として順番につながっていて、そのクニポビッチ海嶺の最北端がナンセン・ガッケル海嶺につながっているのである。北極圏はアイスランドのすぐ北から始まっており、私たちはアイスランドのすぐ南にあるレイキャネス海嶺から、スピッツベルゲン西方のクニポビッチ海嶺まで、海底地震観測を行ってきた。しかし、これらの北極圏の海嶺の研究はまだ決して十分に行われているわけではない。

 これらアイスランド以北、クニポビッチ海嶺までの大西洋中央海嶺は北極海の海嶺ほどは拡大速度が遅くないが、それでも世界の海嶺の中では遅いほうで、北極海の海嶺にいたる遷移的な性質を持っている可能性がある。また、大西洋の割れはじめのメカニズムなど、科学としてもナゾが多く残っている海嶺である。


4:固体地球物理学のIPYへの取り組み

 ここでは述べきれないが、私たちに限らず、IGY以降、固体地球物理学の分野で、北極と南極地域で多くの研究が行われて成果が上げられてきた。しかし、極地方以外での研究に比べては、まだ限られている。また、経済などの「国力」から見ても、毎日大変な数の航空機が日本から北極圏を超えて欧州や米国に飛んでいるなどの経済利用の多さから見ても、日本の科学的な寄与は、決して多くはなかった。私たち研究者も国際会議に出るたびに肩身の狭い思いをしてきた。

 その意味でも、IPYを機会に、いままで集中的に行ってきた昭和基地中心の南極観測はもちろんだが、それ以外の極地方の研究を日本でもっと進めることが望ましい。南極での国際協力は、いままでは各国の南極基地との少数の隊員の交換が主で、大きな共同計画には遠いものがほとんどだった。こういった国際的な科学協力の面で日本が外からの期待に応えることが、今後の日本の極地研究にとって重要なことだと思われる。

 現在、国内の研究者たちが具体的な研究計画を立案している段階だが、なかでもドイツのアルフレッドヴェーゲナー極地海洋研究所と共同で、航空機を使って昭和基地周辺で広範囲に磁気測量と重力測定、氷床の厚さの測定を実施する計画が注目される。

 かつてのIGYでは、南極大陸の地形図や地質図といった基本図の作成に力が注がれた。現在でもその努力は続けられているが、南極大陸の地質を直接観察できるのは全面積の3%に満たず、氷床下の地質構造や構成岩石の情報は得られていない。これを解決する手段は、衛星や航空機を用いた広域の磁気測量や重力測定のほか、氷床表面からの人工地震探査などの物理探査がある。

 アルフレッドヴェーゲナー極地海洋研究所と共同の航空機による調査は、そのデータを露岩地域の基盤地質や周辺大陸の地質と比較して、南極大陸を含む大陸地殻の形成史を編むことを目的としている。38億年という地球最古に属する地殻の断片を含む南極大陸の形成と進化の歴史を理解することは、地球史を再現するうえで重要なテーマだからである。

注1本文には書かなかったもの:ポーラーシュテルンは年に320日も運航している。日本の官庁船は国立大学の海洋観測船を含めて、どれも年に180-200日ほどしか運航していないのとは大違いである。また、ポーラーシュテルンは2004年現在、すでに、世界35ヶ国、7000人の科学者を載せて研究を行ってきて、いわば世界中の科学者から感謝されている。

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