『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2001年11月15日夕刊〔No.286〕

地球物理学者の蔵書

 来年の春に定年を迎える地球物理学の先生が浮かない顔をしている。両側の壁に床から天井までの本棚を設えた研究室を引き払わなければならないので、本棚の本のほとんど全部を捨てるのだという。

 読書家として有名な先生が持っている本は、専門書から一般書まで幅広い。

 どこかで引き取ってくれるところはないか、とまず教室の図書室や大学の図書館に打診してみた。しかし、本を受け入れる場所も、受け入れる手続きをする人手もないと断られた。公務員削減で大学も人が減っているのである。

 一方、一般書は、先生の家の近くの図書館に段ボールに入れて本を持っていったら、最初の2回は喜んで受け取ってくれた。しかし、3回目からは市の方針が変わったのか、人が変わったのか、露骨にいやな顔をされるようになってしまったのだという。

 先生の不幸はもうひとつあった。住宅事情のせいか、家に持って帰っていい本は30冊まで、と奥様に申し渡されているのである。

 先生は古書店に電話をかける元気もない。専門書を扱う古書店も減り続けている。ごく限られた文科系の名著や歴史的な資料ならともかく、地球物理学や地質学の本では、古書店としては売り上げも利益も期待できないのだろうと思っているのだ。

 みんなが本を読まなくなった時代。新刊書は空前の出版不況だし、本はすでに知的財産でも文化財でもなくなってしまったのだ。

 大量の先生の本は、あと3ヶ月でゴミになって消えていく運命を待っている。先生にとっては愛児を失うような気持ちに違いない。

島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ
誰も書かなかった北海道大学ウオッチへ




SEO [PR] 住宅ローン フラワーギフト 必勝祈願 冷え対策 動画 無料レンタルサーバーSEO