『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年1月8日夕刊〔No.287〕

地球物理学者の安堵

 研究にはさまざまあるが、私の研究ほど心臓に悪いものはないだろう。

 私が研究に使っている海底地震計は、自分たちで開発したものだ。海底に沈めて、観測が終わると超音波を送って浮き上がらせる。海面に帰ってきたら研究室に持って帰ってデータ解析をするという仕掛けだ。

 順調にいけば何の問題もない。しかし、海底地震計がもし海底から帰ってこなかったら悲劇が起きる。

 第一の悲劇は機械を失うことだ。なるべく安く作っているとはいえ、大変な損害だ。第二の悲劇もある。データを失うことだ。データを取るために海底地震計を設置したわけだし、そもそも観測を実施するまでに年単位の準備期間と研究費を費やしている。

 だが、それ以上の悲劇がある。なぜ海底地震計が帰ってこなかったか、その手がかりも失うことなのだ。どこが悪かったのか、それが分からなければ今後の改良のしようがない。あれが悪かったのか、それともこれだったのだろうか、と心臓に悪い思いを繰り返すことになるのである。

 じつは先日のトルコの海底地震観測で一台の海底地震計が帰ってこなかった。

 例によって心臓に悪い思いをしていたところ、トルコの海軍が、設置した点から125メートルほど離れたところで転倒している海底地震計を発見して回収してくれた。上下逆さまだから浮いてこなかったのだ。違法操業の漁船の網が引っかけたものだろうという。

 私たちは胸をなで下ろしている。帰ってこなかった海底地震計の原因が分かったのは初めてなのである。機械として不備があったわけではなかったのだ。

 学者の喜びとしては異例なものに違いない。因果な商売なのである。

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