『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年4月15日夕刊〔No.290〕

地球物理学者の魂

 アフリカ東部には大地溝帯というものがある。地球の表面を覆っているプレートが割れて、はるか地下からマグマが上がってきているところだ。ここは将来、大西洋のような海になるのではないかと思われていて、世界の地球科学者の注目を集めている。

 フランスのパリ大学では、ここにあるジブチ国で地震観測を続けてきている。この国がフランスの植民地から独立する前から続けてきた。国内に多くの地震計を置き、それぞれの地震計からの信号をケーブルで中央観測所に集めている。この観測によって、プレートの時々刻々の動きを監視しているのである。

 しかし、不幸なことに、他の多くのアフリカの国々と同じく、ジブチも独立後の経済の困窮と政治的な混乱に見舞われた。治安は年々悪化している。近年では白人が国の中を歩くだけで銃で撃たれるほど危険になってしまった。

 地球科学にとっても不幸なことだ。続けてきた地震観測を維持するのもたいへん難しい。

 地震計から観測所まで這わせていた信号ケーブルが、切り取られてラクダの手綱になっていると知らされたLさんは衝撃を受けた。Lさんは生涯をこの地域の地震活動の研究に捧げてきたフランス人地震学者だ。

 銅の撚り線を塩化ビニールで覆った信号ケーブルは、子供の指ほどの太さだ。しなやかで丈夫だし、見栄えもいいから、ラクダの手綱としては最高の材料であろう。  

  彼の目はうつろだ。パリに居ても、魂はアフリカをさまよっているのである。

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