『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年7月18日夕刊〔No.293〕
地球物理学者の財布
グリーンランドから料金表が来た。北緯74度のここにデンマークが持つ観測拠点がある。世界のどの国からも遠く離れたここで、地球全体の環境の変化や汚染を監視するために、各国の科学者がそれぞれの研究を行っている。
コック一人を含めて四人しか常駐の職員がいないところだから、待遇は山小屋に近い。1泊3食付きで18000円、電話は1分あたり500円、デンマークからの飛行機代は往復30万円、荷物はキログラムあたり1200円とある。一番近い村までは450キロメートル。文明から遠いところだから安くはない。
寒くて楽しみがなにもない極地の研究だから、せめてもの楽しみを、というのが北緯78度のスピッツベルゲン島にある、ノルウェーが持つ科学基地だ。ここは驚くほど豪華な食事が出る。一流ホテルなみだ。そのかわり、食事代だけで1日7000円にもなる。日本の科学者たちは、滞在が長くなるときは、自分たちの小屋で自炊して安く上げる。
デンマーク。ノルウェー。どちらも安くはないが、いずれも納得できる「明朗会計」というべきだろう。
某国を訪れた地球物理学者はヘリコプターを借りて研究現場に向かった。道も通じていない僻地だから、ヘリコプターが唯一の交通手段なのだ。
現場で研究を終えて、さて、帰りのヘリコプターを呼ぼうとしたら、なんと、帰りのチャーター代は往きよりも高くなっていた。国を覆うインフレのせいなのか。足許を見られたのか。
地球物理学者たるもの、雄大な景色に見とれている時間はない。財布を睨みながらフィールドワークをしなければならないのである。
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