『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年8月15日夕刊〔No.294〕

地球物理学者の忘れ物

 南極の短い夏を狙って南極観測に来た砕氷船が、無人の海岸に研究グループを置いて別の場所に行く。日本への帰り道に拾って帰るつもりである。これは各国の南極観測船がよくやるやり方で、その間、観測船は南極基地の補給をしたり、別の仕事が出来るから、効率がいいのである。

 このグループは、帰りの船が来てくれるまで、自分たちだけで生活しなければならない。研究や観測はもちろん、食事や生活まで、すべてを自分たちだけでやらなければならない。いわば、極地での究極のサバイバルである。なにかがあったら命にもかかわる。

 ところが、缶詰を開ける缶切りを忘れたグループがあった。また、炊事のコンロを忘れた別のグループもあった。また、米を忘れたグループさえあったのである。

 このままではサバイバルどころではない。無線で連絡は取れる。結局、他の研究を犠牲にして、ヘリコプターや船で忘れ物を届けることになった。

 南極観測隊長の観察によれば、忘れ物をした科学者は、経験には学んでいないようだという。つまり、同じ人間がまたやることがある。

 もしかしたら、科学者は、一般人よりは忘れ物が多いのかもしれない。好意的に考えれば、研究で頭がいっぱいなので、他のことにはなかなか頭が回らないのだろう。象牙の塔に暮らしていて、社会人としての訓練を受けていないのも一因かもしれない。

 あるいは、幼児期の親の躾だろうか。それとも、生まれつきなのだろうか。短い夏の時間のやりくりに苦労する隊長は嘆くのである。

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