『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年9月13日夕刊〔No.295〕

地球物理学者の後遺症

 国際南極科学会議に出席した。南極関係ではもっとも大きな会議で、二年に一度、南極観測に参加している三二カ国が持ち回りで開く。今回は中国の上海だった。

 各国の名だたる南極の科学者が集まった。厳しくて長い越冬生活に耐えた筋骨逞しい科学者である。学者というよりは山男という風貌だ。南極だけでは満足しなかったのか、チョモランマに登頂してしまったスペインの科学者もいる。ほとんどプロの登山家である。

 地球規模の環境変化の監視点である南極の科学をどう進めるか。地球の内部を研究するために欠かせない人工地震の震源が出す音と生態系との折り合いをどうつけるか。越冬生活に耐えうる心理的に安定した隊員をどうやって選ぶか。各南極基地に一人しか置けない医者にはどの診療科が適しているのか。さまざまな議論があった。

 ホテルから会議場までの道は、中国の大都会の通例として自転車や車がうようよしている。車は決して歩行者に遠慮しない。人々は身を縮めてその間を縫って横断しなければならない。

 不思議なことを発見した。歩道を歩くときは、その強い筋肉を生かしてとても速く歩く元隊長が、私が道路をとっくに横断し終わっても、まだ向こう側でもじもじしているのである。

 無理もない。元隊長はこの春まで、氷の上の南極基地で一年半を過ごしてきたばかりなのだ。

 これほど多くの車と自転車の洪水と喧噪はカルチャーショックなのに違いない。さて、彼はいつ南極の「後遺症」から回復するのだろう。

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