『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2002年12月18日夕刊〔No.298〕

地球物理学者の悪夢

 いまブエノスアイレスのアルゼンチン国立南極研究所に滞在している。

 アルゼンチンは世界有数の南極研究大国だ。南極観測の歴史は百年に及び、いま六つもの越冬基地を持つ。多くの先駆的な研究が行われ、地球温暖化やオゾンホールなど貴重なデータを供給し続けている。

 しかし、この10年あまりの経済沈下に加えて、2年前の国家経済の破綻が、人々の生活ばかりではなくて、南極研究をも襲った。

 地球物理学部門には現場に持っていけるノートパソコンがたった1台しかない。それもとっくに古くなっていて、使っていると、1日に十数回もフリーズ(原因不明で突然停止)してしまう。そのたびにデータやプログラムを入れ直さなければならない。

 大研究所なのに、コピー機は1台しか動いていない。観測に使う機械は1台として買えない。つまり機械が故障でもしたら観測は打ち切りになる。外国と「共同研究」を組んで外国の観測機械に頼るのが観測を継続する唯一の方法なのだ。

 欧州よりも美しいと言われた西欧風の豪壮な石造りの町並みのなかで、銀行の壁は、すさまじい怒りの落書きで埋まっている(左の写真=2004年9月に島村英紀撮影)。ある日突然、預金が下ろせなくなってしまったのである。

 日本の研究も昔は貧しかった。私の先生の一人は高速コンピュータを使いたいために米国に移住した。別の先生は、大会社のコンピュータを無料で借りられる深夜に研究を続けていた。

 いまでこそ一応の研究費は確保されている。だが、日本の未来がこの不幸な国のようにならない保証はあるのだろうか。

 地球の反対側で悪夢を見ることになった。

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