『花時計』(読売新聞・道内社会面)、1992年2月7日夕刊〔No.2〕に加筆(*)

美人学者

 アイスランドに美人地震学者Bさんがいる。スラリとした身体。大きな眼。ふくよかな胸。学者にはもったいない容姿を持った妙齢の女性だ。

 そのBさんと会議で会ったときに、妙なことがあった。Bさんのタイトスカートのお尻のまわりがビッショリと濡れているのである。

 見た男どもは、みんなギョッとする。私も例外ではなかった。

 しかし、種はBさんが明かしてくれた。彼女はフィールドの帰りに、橋のない川を彼女の自家用車、日本製の軽四輪ジープで渡って来たのだった。川は増水していたので水は彼女のお腹まで来た。それ以来、車の椅子に浸み込んでしまった水気が何日も抜けないのよ、というのである。

 地震と火山の国、アイスランドでは橋が架かっている川は数えるほどしかない。フィールドへ行く科学者にとっては、車で川を渡ったり、千尋の谷の崖っぷちの道を通ることはごく日常のことなのだ。

 何年か前には、増水したアイスランドの川を渡っていた日本人科学者の車が転倒して三人が死んだこともある。氷河を溶かした川は、夏でも手を切るほど冷たい。そればかりではない。アイスランドでは火山の噴火は氷河の下でも起きる。Bさんは氷河の上に地震計を置くために、スノーモービルで氷河の上を駆け回っている。

 夏は気候がいいのだが、氷河の上は危険である。それはクレバス(深い割れ目)が発達しているからだ。

 このためスノーモービルで走るのには、まだ浅い春がいちばん適しているのだ。テントも衣料も、もちろん冬山の装備がいる。日本ではやっている、なま白いアウトドアブームとやらがハダシで逃げ出すほどのフィールド作業なのである。

 私たちの学問、地球物理学ではデータを取る「現場」は研究室ではなく、こんなフィールドなのである。

:*)紙面掲載時に長すぎて削った分を復活しました。

読売新聞・夕刊・道内社会面での島村英紀の『花時計』)の連載は、「嫌われる科学者業 、1992年1月9日〔No.1〕」から始まり、この「美人学者」は2回目でした。いずれも500字で、、最終回は「北大を歩く人ご用心」、1996年8月15日〔No.53〕でした。

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