『花時計』(読売新聞・道内社会面)、1995年7月26日夕刊〔No41〕

夏涼しい大学へ

 偶然、南極で会った米国人の大学院生がいる。デセプション島という火山島で、激しいブリザードが続いて一週間、テントから外へ出られなくてもへこたれない学生であった。

 マイアミ生まれでフロリダ大学卒。私には天国に思えるのだが、彼は蒸し暑いのがイヤでイヤで、米国の北西部にあるオレゴン州立大学の大学院生になった。たしかに夏でもけっして暑くはないところだ。

 小さい大学は皆仲が良くて、住みやすい、といいことづくめ。マイアミでよほど暑さがこたえたのか、博士論文を作るためにポーランド国立地質学研究所に一年半滞在しているあいだに南極へフィールドワークに行ったというわけなのである。

 さて、日本で気候で大学を選ぶ学生がいるだろうか。東北大学ではちょっと無理だから北大へ、とか、○●大学ではもったいないから北大へ、といった学業の偏差値だけが大学を選ぶ基準のすべてなのではないか。

 さらに悪いことには、この偏差値は、あくまで勉強の偏差値なのである。東大や京大の学生を含めて、勉強が出来る学生が、大学院生としてよい研究が出来るわけではない。教えたことがすぐ頭に入るという「勉強」と、答えがあるかどうか分からない問題に挑む「研究」とは別の能力を必要とするのだ。

 気候でもよかろう、いい先生がいるからとか、特色ある学問をしたいからといって学生が大学を選んでくれることは、残念ながら日本では夢物語なのである。

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