建築の雑誌『施工』(彰国社)

シリーズ連載「地震学の冒険」 1997年3月号

その12:地震観測所の不幸
(これは加筆して『地震は妖怪 騙された学者たち』に再録してあります)


 東海道新幹線が京都を出てから新大阪に着くまでのほぼ中間点の右側、ちょっと離れたところに小さな山が見える。高さは280m余。頂上には時計台のような塔を持った白っぽい石造りの建物があり、小山の山腹には山頂のすぐ近くまで、民家がびっしり貼り付いて建っている。

 普通の人が見たらなんということもない風景だ。しかし私たち地震学者から見ると、心が痛む光景なのである。私たちには、その石造りの建物は、山を這い登る新興住宅に攻め上げられて落城寸前になっている城に見えるからである。

 その建物は京大の阿武山地震観測所である。十数年前までは林に覆われた緑の小山の頂上にポツンと建っていた観測所だ。近くに行くバスもなく、通勤する所員たちは朝晩、最寄りの電車の駅まで観測所のマイクロバスで送り迎えしてもらわなければならないほどの「僻地」暮らしをしていたのであった。遅刻も早退もできず、もちろん昼休みにショッピングを楽しんだりコーヒーを飲みに行くこともできない。

 名古屋郊外の山中にある名古屋大学の地震観測所も、事務や観測の手伝いをしてくれるアルバイトの女性を探すのに苦労したことがある。そんな山の中で、むくつけき男ばかりの科学者にとりまかれて暮らす危険を、どの女性の親も心配したからだった。

 地震観測所はなぜ「僻地」に作られるのかを説明しなければなるまい。いま私たちが使っている地震計は、人が100m先を歩いていても感じるほど感度がいい。電車や汽車なら10km以上先を通っていても感じてしまう。民家も交通機関も工場も、つまりどんな人間の活動も、地震観測の大いなる邪魔になるのだ。

 地震観測所で記録している地震波の周波数スペクトルを見ると、どの地震観測所でも、一日と一週間のところにピークがあることが多い。一日は気圧の変化による影響も少しはあるが、多くは人間の活動の影響である。一方、一週間のサイクルでは、平日と週末の違いが際だっている。つまり一日と一週間のピークは、もっぱら人間の活動のサイクルのせいであることを示している。

 このため地震観測所としては、なるべく人里離れたところ、つまり雑音がなるべく少ないところで、世捨て人のように、ひっそりと観測を続けることが必要なのである。

 かといって、世界地震観測網のような特殊な地震観測所を別にすれば、地震観測所は、日本にたったひとつあればいいというものではない。それぞれの地震観測所は、まわりに家が建て込んだからといって、田舎に引っ越しをすることはできないのである。これには二つの理由がある。

 地震計は地震の震源から出た地震波をとらえるマイクのようなものだ。たとえば東京駅にマイクを置いていくら感度をあげても横浜で話している人声が聞こえないのと同じように、震源のある程度近くで観測することが必要なのだ。阿武山地震観測所は、京都や大阪近辺の地震を観測するための重要な役目を果たしてきた。

 また、地震観測には同じ場所で観測を続ける必要もある。地震活動の経年的な変化を知るためや、昔と同じような地震が起きたときに、震源断層の動きなど、震源で起きている現象を昔の地震と比べるためである。

 しかし、人間の活動は地震観測の大いなる邪魔になるとはいっても、現代の日本では、これは難しい条件だ。地震観測所のほうは同じ地震観測を続けたいのに、鉄道や民家や工場のほうで勝手に近づいてきてしまう観測所が増えているからである。

 人口密集地の京都と大阪の間にしては珍しい「僻地」であった小山の頂上に居を定めた阿武山地震観測所も、やがて小山の麓まで民家が埋まってしまった。さらに次々に林を伐採しながら、民家が山腹を攻め登ってきて、ついにいまに至った、というわけなのである。

 阿武山地震観測所には限らない。鳥取市の郊外にある地震観測所では、ついこの前までは、はるかかなたに農家が点在するだけで目の前に一面の農地が拡がる静かな環境だった。県庁所在地である市からの直線距離ではそう遠くはなかったが、山を隔てた反対側という「地の利」を生かした地震観測所のはずであった。

 しかし、先日、私が訪れたときには、目の前で建設重機が唸りをあげていた。市立小学校と住宅団地が地震観測所のすぐ前に作られることになったのである。

 この地震観測所の不幸はそれだけではすまなかった。感度が高い地震計にとっては、人間の活動だけではなくて雨や風も雑音になる。雨も風も微妙に地面を揺すぶるからだ。

 それゆえ、これら雨や風の雑音を防ぐために、裏山にトンネルを掘ってそのなかに地震計を置くことが多い。

 そもそも地震観測所を作るときには、トンネルを掘りやすい地形のところを選ぶのが普通である。それも、やわらかい泥の上に地震計を置くと、地震波のうちの高い周波数成分がなくなってしまったり、低い周波数成分だけが増幅されてしまうので、なるべく硬い岩にトンネルを掘ることが多い。ある地震観測所を東海地方に作ったときには、岩があまりに硬かったので、請け負った掘削業者が赤字を恐れて夜逃げしてしまったことさえある。

 鳥取のこの観測所でも、裏山にトンネルを掘ってその中に地震計を置いて観測を続けていた。鳥取市と地震観測所を隔てていた山である。ところが、小学校や団地ができるのにあわせて、その地震計が置いてある裏山に、町からこの団地へ向けて新しい道路を通すためのトンネルを掘りはじめてしまったのである。

 これでは地震観測は踏んだり蹴ったりだ。トンネルを掘る工事そのものが壮大な雑音を出すだけではなくて、トンネルの開通後は、そこを通る車が雑音を出し続けるからである。

 こういった例は全国で枚挙にいとまがない。長野市の10kmほど郊外にある気象庁最大の地震観測所では、すぐ近くに高速道路とインターチェンジが作られてしまった。

 ここは地下核実験の検知のために世界の約40所にしか置かれていない地震計とか、世界に約100ヶ所ある世界標準地震計などの特殊な地震計を擁する世界でも第一級の観測所でもある。

 またこの観測所では、東京にある気象庁が大地震で壊滅したときに、気象庁が監視している東海地方や南関東地方の地震活動の監視の代わりをする機能も受け持っている。

 こういった大事な地震観測所だが、高速道路とインターチェンジが作られて以来、地震の検知能力が落ちてしまった。さらに長野オリンピックにあわせて新幹線も近くを通ろうとしている(*)。

 「先住者」が不利益をこうむったとき、それが希少動物や野鳥ならば、住処(すみか)を守ってくれる運動が起きるにちがいない。しかし地震観測所は、野鳥よりも、もっと弱きものの名なのであろうか。

(*)いまはこの新幹線は完成して、「文明の御利益」と引き換えに、毎日壮大な振動と騒音をまき散らしている。

(イラストは、イラストレーターの奈和浩子さんに描いていただいたものです)


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