著書『地球の腹と胸の内------地震研究の最前線と冒険譚』に掲載した島村英紀が撮影した写真をカラーで見てみれば

135頁「危ない小型船『カタリスト』で海底地震計回収作業中」

五大湖の灯台補給船だった内水用の船を州立大学が買ってきて、船縁を写真のように嵩上げして外洋で使っていた危ない船。まるでタライのようによく揺れた。私たちが乗った数年後には、凪いだ海で突然転覆して沈んでしまった。幸い死者は出なかった。


140頁「1978年シアトル郊外に全米から集まった(未熟で不格好で巨大な)海底地震計たち。競争相手を蹴落とすための、米国初の海底地震計比較試験」

 少し品の悪い言いかたをすれば、ごく当然の成行きとして、他人を合法的に蹴落とすことが、自分に研究費がまわって来る確実な方法だということになるのだ。

(中略)

 そこには、 全米から、10組ほどの海底地震計が集まった。

 それは、驚くほどさまざまな形や大きさや色をした、海底地震計のオンパレードだった。

 丸いもの、尖ったロケット風のもの、達磨(だるま)型のもの、UFOと見まごうもの。これが海底地震計だと知らない人が見たら、とうてい、同じ目的に使われる機械だとは思わないだろう。

 海底地震計というものが、観測の哲学や、機械を開発する研究者によって、どんなにちがったものになるか、それをこの写真は示している。

(『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』本文から)


221頁「ドイツ船『ゾンネ』上で海底地震計準備にかかる日独両陣営」

 かわいそうに、ドイツの海底地震計は未熟だったので、私たちとの日独共同海底地震観測では総崩れだった。私たちの海底地震計を物珍しげに眺めるドイツ人たち。


243頁「ヘリコプターから秋田沖に設置される海底地震計」

  私たちは、日本海中部地震のあと、ヘリコプターを借りて、私たちの海底地震計を秋田沖の海底に設置することにした。幸い、科学研究費の手配もできた。

 余震の様子は、どんどん変わる。すべては、一刻を争う準備だった。こうして、地震から三日後、民間のヘリコプターを借りて、私たちの海底地震計5台を、震源を取り囲むように置くことができた。

 私たちの海底地震計は、80キログラム。世界一小型で軽いから、らくにヘリコプターに載せることができる。海面上、高さ20メートルで空中停止しているヘリコプターから、海底地震計を海面まで吊り下ろして設置する。ヘリコプターは、海水の飛沫を吸い込むとエンジンが錆びる、とかで、それより低いところには下りたがらないのだ。

 このためのウインチが、ヘリコプターに臨時に取り付けられた。このため、ヘリコプターは、扉を開けたまま、飛ぶことになった。これは、とくに高所恐怖症でもない私でも、恐かった。

(『地球の腹と胸の内――地震研究の最前線と冒険譚』本文から) 。

海底地震計についてのこのほかの写真は「 私たちの海底地震計。その開発の歴史と苦労」をご覧ください。
また、海底地震計の観測現場の写真は「島村英紀が撮った海底地震計の現場」をご覧ください。

 

私たちの海底地震計。その開発の歴史と苦労
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