2016年9月発行。花伝社。
216頁。四六判並製。ISBN978-4-7634-0794-8 C0044。1500円+税。
(帯付きの表紙。この絵をクリックすると表紙が拡大されます)
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この本の前書き
富士山は過去の何度もの噴火で火山灰や熔岩が積もってきた円錐型をしている。つまり、典型的な成層(せいそう)火山なのである。
富士山は噴火で出て来た火山灰と熔岩が互層になった、菓子のバウムクーヘンのような作られ方をしてきた火山である。それゆえ層を成す、つまり火山学では「成層火山」という。
富士山は日本人の心のふるさとだ。高さだけではなく、底辺が約50キロもある大きな孤立峰で、美しさでも日本一だと思っている人は多い。
ところで、富士山は日本ではいちばん美しい山として考えられているが、太平洋プレートが同じように陸の下に沈みこんでいるところでは、同じような形の火山がいくつもある。同じような成因だと同じような形をした火山が出来るのである。
たとえばロシア・カムチャッカにあるクリュチェフスカヤ山は、まるで葛飾北斎が誇張して描いた富士山のように、日本の富士山よりも、もっと尖ってそびえている。クリュチェフスカヤ山の標高は噴火するたびに変わるが、いまの高さは四七五〇メートル。富士山よりもずっと高い。この火山はカムチャッカの最高峰で、またヒマラヤにある高峰をのぞけば、ユーラシア大陸の最高峰でもある。
噴火の品ぞろえも日本一!
富士山は、いままでにいろいろなタイプの噴火をしてきた。いわば「噴火のデパート」のようなものだ。
噴火する場所が山頂だったり山腹だったり、その時々によってまるで異なる。
一〇八三年に起きた爆発的な噴火も、また一〇三三年に起きた熔岩が大量に流れ出る噴火も、もっと前には火砕流が出る噴火もあった。噴火の途中でマグマの成分が変わったこともある。
知られているだけでも富士山は何十回もの噴火をしてきている。
平安時代は四〇〇年間あったが、はじめの三〇〇年間で一〇回も噴火したのが目撃されている。
有史以前の噴火も、地質学的な調査から分かっている。
静岡県御殿場の市街地は標高五〇〇メートル前後の、傾斜はしているが平らに拡がっている町だ。これは有史以前に富士山が起こした山体崩壊のときの岩屑(がんせつ)なだれが作った平地である。
このように、富士山は有史以前から、さまざまな種類の「事件」を起こしているのである。異常すぎる沈黙期間――大噴火の前触れ?
しかし不思議なことに、一七〇七年の「宝永噴火」があって以後、富士山は噴火していない。そこから現在に至るまで約三〇〇年間も噴火が見られないのは、過去の噴火歴からすると異例の休止期間である。
だが、これから永久に噴火しないことはあり得ない。地球物理学的にいえば、富士山は「いつ噴火しても不思議ではない状態にある活火山」なのである。
世界的に見ても、長い休止期間のあとの噴火の規模は大きかったことが多かった。これも富士山にとっては不安要素である。
しかし、いつ、どんな形式で噴火するのか、それを予知することはいまの科学では不可能である。
日本を代表する山であり、夏になれば登山客で溢れかえる富士山だが、注目度のわりに、予知体制が脆弱であることは意外に知られていない。また、近年になって、富士山のハザードマップが作られ、地元自治体や観光客向けに、噴火の際の避難経路などを示した地図が配布されるようになった。近隣住民や登山客の関心も高まっている。それに比べて東京などの都市部に住む人々の関心は薄い。しかしひとたび宝永噴火クラスの大規模な噴火が起これば、東京に二時間ほどで火山灰が到達する。詳しくは後述するが、首都圏にも甚大な被害が出る。
本書は、富士山噴火について、観測や学問がどこまで進んでいるのかを、主として地球物理学的な視点から書いた。そこから見えてくるのは、富士山は、たんに「日本一高く、日本一美しい」山という側面だけではない。
なお、私はこの本の前に『火山入門――日本誕生から破局噴火まで』(NHK出版新書。二〇一五年)を書いている。火山全般については、もし興味があれば、そちらも参考にしてほしい。
この本の後書き
火山の恩恵
火山の災害に苦しめられてきた一方で、私たちは火山の大きな恩恵にも浴している。日本人が風光を愛で、温泉を楽しみ、四季を味わえるのも、プレートの衝突で作られた火山の「おかげ」である。
日本海沿岸の冬の降雪、空っ風などの日本の気候も火山地形が作ってきた。北西からの冬の季節風が日本海の上空を通ったときに海からの湿った空気を吸い、それが日本の中央部にあるプレートが作った山脈にぶつかって大量の雪を降らせ、その結果、乾いた風が太平洋岸の冬の気候を作っているのである。
日本列島の地形の多くは火山が作ったものだし、日本でいちばん有名で観光客も多いな富士箱根伊豆国立公園をはじめ、国立・国定公園のうち多くや、多くのスキー場のスロープも火山が作ったものである。また温泉はいうまでもなく火山と同じ「根」である地下のマグマが地下水を暖めて作ったものだ。豊富な地熱があってエネルギー源として使えるのも火山
の恩恵である。
噴火して火山の山体が作られたあとは、火山は大量の水の「天然の浄水装置」になる。つまり平地よりも雨が多い山地で集めた雨水が火山体の中を伏流水として通って漉され、火山の麓ふもとから大量の湧水として出てくるのだ。この大量の湧水は工業にも使われる。たとえば富士山の南側の山麓にある富士市などの製紙工業や写真フィルムの工業が発達したのも大きな山体を持つ富士山の伏流水のおかげである。
火山灰が降り積もったところでは噴火によって一時的には植生が破壊されてしまう。だが噴火後しばらくたつと植生が回復するし、農作物も収穫できる。火山灰には作物にとって必要な栄養分も含まれる。
昔から火山が繰り返し噴火したところでは火山灰が厚く積もって土になり、そこにその土に適した桜島大根やレタスなどの作物を作る農業が行われていることが普通である。
いままでの一〇〇年は「異常に」火山活動も首都圏の地震も少なかった
自然現象としての地震や噴火は昔から起きてきていることだ。これらが起きても人が住んでいなければ災害は起きない。自然現象と社会の交点で災害が起きるのだ。
しかも文明が進むたびに災害が大きくなる。歴史を振り返ると対策は被害をいつも追いかけてきた。
これから来る災害はいままでになく大きくなる可能性がある。地震や噴火の危険が以前よりも増えてきていると思って備えることが大事なことなのである。
とても危ないところに、知らないで住み着いてしまったのが私たちたち日本人なのである。
だが述べてきたようにプレートの恩恵もある。噴火は瞬間的、一過性のものだが、その他の長い時代は恩恵に浴しているわけである。
日本列島に住み着いた私たちは、恩恵を十分受ける一方で災害も受け入れざるを得ない。災害があり得るということをふだんから考えていることが、何より大事なことで、災害に備える基本だと思う。
地球のスケールは大きいし長い。人間の知っている知識は、まだごく限られているということを忘れてはいけないのだろう。
こういったことを知っている地球物理学者としては、日本で原子力発電所を持つのは無謀であると言わざるをえない。
たとえば大陸プレートの真ん中のように安定した地殻のところなら別かも知れないが、数千年に一度はカルデラ噴火があり、日常的にプレートが動いている日本のようなところで原子力発電所を持ち、数万年にわたって放射性廃棄物を管理しなければならないことは無謀な試みと言わざるを得ないからである。
富士山は、理由は分かっていないが三〇〇年間、静かな「異例の」状態が続いている。また、いままでの一〇〇年あまりは「異常に」日本の火山活動も、首都圏の地震も少なかった。
しかし、この異常さはいつまでもは続かない。日本の火山の活動は、とくに東北地方太平洋沖地震(二〇一一年)をきっかけにして、「普通」に戻って不思議ではないのだ。
私たち日本人は、もちろん火山やプレート活動の恩恵を受けている。しかし同時に、地震国・火山国に住む覚悟と智恵を持っているべきであろう。
この本を出版するにあたって、花伝社の平田勝社長から強いお薦めがあり、また同社の水野宏信さんには、多くの編集の作業の労をとっていただいた。感謝したい。
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