地球科学者と読む宮沢賢治

その2:鎔岩流(溶岩流)

 賢治が描いた地球科学現象には溶岩流もある。火山から噴き出した熔岩が冷えて固まったもので、過去の噴火が目に見える形で残っている「噴火の遺跡」である。賢治は火山噴火に関心が深かったから、すぐ近くの岩手山(メートル)が噴火して残した溶岩流について、「鎔岩流」という詩を書いている。なお、彼は溶岩流のことを「鎔岩流」と言っていた。

 賢治の作品には、火山の噴火が生々しく描写されている。当時の東北地方は、たびたび冷害に襲われて作物の不作、そして飢えが重大な問題だった。このため、もし噴火が起きて火山灰が降ることがあれば、ふだんの冷害以上の惨禍を及ぼす可能性が高かった。つまり火山噴火は、農民にとって、現在とは違ってはるかに深刻な関心を持つ事件だったのである。

 賢治の『グスコーブドリの伝記』(初稿・最終稿)と『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』には、子どものころ噴火に悩まされたグスコーブドリやネネムの描写がある。

 そして『グスコーブドリの伝記』には、グスコーブドリが長じて火山技師になり、自らの身を犠牲にして、火山の噴火を制御して地元を救う感動的なクライマックスも描かれている。つまり火山の噴火は、賢治にとって、とても大きなテーマのひとつだった。

 しかし賢治自身は、大きな火山噴火を実際に経験したことがなかったはずである。

 げんに岩手県には賢治の時代にも、それ以降にも、活発な噴火を繰り返している火山はない。

  たとえば、日本にある「活火山」は108あるとされている(その数は、近年の見直しによって増えてきている)が、そのうち、岩手県の内部にあるのは岩手山だけで、あとの八幡平(はちまんたい、標高1613メートル、これも活火山だ)と秋田駒ヶ岳(こまがたけ、各地に駒ヶ岳があるが、ここは秋田駒ヶ岳として知られる、標高1637メートル)は、いずれも岩手県の端、つまり秋田県境や青森県境にある。

 この三つの山とも、日本の活火山の中では、活火山としての最近の活動度は低く、気象庁が認定した火山の危険度のABC三段階のうちのBとCにしかすぎない。

 また、噴火歴としても、岩手山(いわてさん。右の写真。2010年5月に撮影)は1719年の噴火以来、噴火が記録されていない。

  岩手山は、盛岡市の北、約18kmにあって、よく見える。つまり、賢治にとってはもっとも馴染みのある火山ではあったが、岩手山は賢治の時代を含めて、近年、それほど活発な活動をしている火山ではない。

 なお岩手山は南部富士とも言われる、標高2038メートル、岩手山の最高峰である。

 長い裾野を持った美しい山で、特に、盛岡側から見ると富士山に似ているので、こう名付けられた。しかし、富士山(3776メートル)と同じで、上空から見ると、荒々しい姿を見せる。

 他方、八幡平は、有史時代に噴火した記録がない。

 秋田駒ヶ岳だけは1890年から91年にかけてと、1932年、それに賢治の没後の1970年から71年にかけて、比較的小規模の噴火をしたことがあるが、幸い、いずれのときも大きな被害はなかった。

  もちろん、賢治は、噴火のありさまやその被害には強い関心があった。過去の資料も読んでいたはずである。

  賢治の時代にいちばん近かった1719年の岩手山の噴火は噴火当時の人たちが焼走熔岩流と名づけた溶岩流を生み、3キロ近くの長さに流れ出した。この熔岩流は、現在、天然記念物になっている。写真の右上に赤茶色に見えるものがそれである。賢治がこの固まった溶岩流を見て書いた詩が詩集「春と修羅」に入っている(下記)。

 この噴火は、東岩手山(写真上部の中央、薬師岳とも言われ、丸い火口がある、標高は2038mある。賢治が歌った「薬師火口」である。岩手山はこの東岩手山と、写真下方の西岩手山とに分かれている)の東の山腹にできた小さな寄生火山が噴火したものだった。

 もともと岩手山はひとつの火山ではなく、東西に並んだいくつかの火山体があり、地形から言えば、西岩手山と東岩手山に分かれている。

  西岩手山は約30万年前から活動を始めて作られてきた成層火山である。

 上の写真のうち、下部に見える大きな凹みは西岩手山で、こちらで
は、過去に大きな噴火があったことが地質学的に知られている。写真下部に見られるように、西岩手カルデラが大きく口を開いている。その大きさは東西約2.5km、南北約 1.5kmにもなる。

  ここには、夏は水をたたえている御苗代湖があるが、写真の5月下旬にはまだ凍っていた。

 他方、東岩手山は薬師岳を山頂とする成層火山体で,西岩手カルデラの東部を埋めてしまっている。また東麓から北東麓にはなだらかな裾野が拡がっていて、このため、南部冨士という、富士山の名が付けられた。

 溶岩流は、この岩手山に限らず、世界各地で見られるものだ。左の写真は私がアイスランドで撮ったもので、水平線近くの灰色と黒との境まで続く黒い平原が、地球の中から一挙に出てきた溶岩流が埋めてしまった熔岩原である。

この写真を撮ったのは、溶岩流が噴き出してきてから7年後だったが、まだ、見られるように水蒸気が上がっており、靴の底が熱かった。

なお、中央に見えるのは人だ。溶岩流のスケールが分かるだろう。 もし、賢治がこれを見たら、どう表現しただろう。

 ところで賢治は、このほか、岩手山の主峰(薬師岳)をの火口を巡る「お鉢巡り」について詩(「東岩手火山」)を残している。これは農業高校の生徒たちを連れて、夜行登山をしたときの記録である。

 賢治は、このほかにも、岩手県以外の火山についてもよく知っていたことは確かである。

(岩手山は2010年5月下旬に撮影。撮影機材はPanasonic DMC-G1。レンズはLumix Vario Zoom 90mm相当、F8, 1/400s, ISO (ASA) 100。アイスランドの写真は1991年に撮影。Olympus OM4Ti, Kodachrome コダクローム KR, ISO (ASA) 64)


賢治以後の岩手山(近年の火山性地震活動)


 ところで1988年に、この西岩手山の地下で群発地震が起きたことがある。すわ、噴火か、と地元では騒ぎになり、東北大学地震予知噴火予知観測センターなどが現地観測を行った。

  1998年3月からは,活発な火山性の地震活動と地殻変動が記録された。これは地 下のマグマの活動が活発になったのだと考えられている。この群発地震の震源は、上の写真での凹み部分、つまり西岩手山の地下に集中していた。

 この群発地震は、幸い噴火には至らなかった。だが、この群発地震の最中に、1998年9月3日に岩手山の地下で、マグニチュード6.2の地震が起き、場所によっては震度6弱を記録し、9人が負傷したほか道路に被害が出た。また、岩手山の南西山麓部に地表断層が現れた。この地震もマグマの活動に関係があるものと思われている。

  なお、気象庁はある程度以上大きな地震にしか名前を付けないので、この地震には正式の名前はついていない。たんに、「岩手県内陸北部に」起きたと記録されているだけだ。

  そのほか、1999年12月からは西岩手山のカルデラ内の大地獄谷や岩手山西部の黒倉山-姥倉山鞍部の地熱地帯で、噴気活動が以前よりも活発になった。

 しかし、その後、これらの地震の活動や地殻変動はしだいに収まっていき、噴気活動も2003年以降は収まっていった。なお、これらの噴気には有毒な火山ガスが含まれているから、近づくのは危険である。

  これら活動の沈静化によって、1998年以後実 施されてきた入山規制は、2004年に解除された。
以後は静かなままだが、将来はまた、マグマの活動が活発化することがあるだろう。岩手山も、眠ってはいないのである。


  鎔岩流(詩集「春と修羅」に集録)
(宮沢賢治・『青空文庫』から)


喪神のしろいかがみが
薬師火口のいただきにかかり
日かげになつた火山礫堆(れきたい)の中腹から
畏るべくかなしむべき砕塊熔岩(ブロツクレーバ)の黒
わたくしはさつきの柏や松の野原をよぎるときから
なにかあかるい曠原風の情調を
ばらばらにするやうなひどいけしきが
展かれるとはおもつてゐた
けれどもここは空気も深い淵になつてゐて
ごく強力な鬼神たちの棲みかだ
一ぴきの鳥さへも見えない
わたくしがあぶなくその一一の岩塊(ブロツク)をふみ
すこしの小高いところにのぼり
さらにつくづくとこの焼石のひろがりをみわたせば
雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
雲はあらはれてつぎからつぎと消え
いちいちの火山塊(ブロツク)の黒いかげ
貞享四年のちひさな噴火から
およそ二百三十五年のあひだに
空気のなかの酸素や炭酸瓦斯
これら清洌な試薬(しやく)によつて
どれくらゐの風化(ふうくわ)が行はれ
どんな植物が生えたかを
見ようとして私(わたし)の来たのに対し
それは恐ろしい二種の苔で答へた
その白つぽい厚いすぎごけの
表面がかさかさに乾いてゐるので
わたくしはまた麺麭ともかんがへ
ちやうどひるの食事をもたないとこから
ひじやうな饗応(きやうおう)ともかんずるのだが
(なぜならたべものといふものは
 それをみてよろこぶもので
 それからあとはたべるものだから)
ここらでそんなかんがへは
あんまり僭越かもしれない
とにかくわたくしは荷物をおろし
灰いろの苔に靴やからだを埋め
一つの赤い苹果(りんご)をたべる
うるうるしながら苹果に噛みつけば
雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
野はらの白樺の葉は紅(べに)や金(キン)やせはしくゆすれ
北上山地はほのかな幾層の青い縞をつくる
  (あれがぼくのしやつだ
   青いリンネルの農民シヤツだ)

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