今月の写真
これも産業考古学のひとつなのでしょうか


30年前のものを、いまだに使っている人は少なくはない。

たとえばジャンボ機(ボーイング B747)という国際線に多く飛んでいる飛行機は1970年から定期路線で飛びはじめ、40年以上経った2010年当時でも多くの航空会社で使われている(さすがに2010年以後、燃費のいい新しい機種にとり変わりつつあるが)。戦後初の国産旅客機YS-11も、1965年の定期就航以来、2010年にも、アラスカのローカル線など、まだ世界の各地で使われていた。

また車やクラシックカメラならば、半世紀以上前のものでも、いまだに愛好している人は多い。かくいう私も、古いカメラの愛好者の一人でもある。

しかしここに、30年前のものがまったく使われていないばかりか、とても滑稽に見えるものがある。

写真の「マイプライタ」。この言葉は、もちろん辞書を引いても出てこない。いかにも和製英語だ。当時の最先端の電動タイプライターのキーボードの上にしがみついた機械がキーを叩いてくれる仕掛けである。

キャッチコピーには「電動タイプとパソコンを結合!」とある。つまり、ごく初期型の英文ワープロなのだ。当時は「もっとも経済的なワードプロセッサーシステム」を謳っていた。

パソコンからの信号で、それぞれのキーを上から押し下げるピンを電磁石で動作させる仕組みだ。このタイプライターに被せた白い箱のなかでピンが忙しく動いているのは、チャップリンのモダンタイムスそのものだ。また、かなりの騒音を出したに違いない。

写真に写っている電動タイプは、1960年代のはじめに登場し、一世を風靡した米国IBMの電動タイプ。すべての字や記号が刻印されたゴルフボールのような印刷ヘッドがカーボンリボンを叩いて、その後ろにある紙に印字する。「IBMゴルフボール タイプライター」とも言われたが、正式には「IBM セレクトリック・タイプライター (Selectric typewriter)」というものだった。

ボール(左の写真。2014年11月に撮影して追加)を替えれば、字体(フォント)が替えられる。また、ボールを取り替えれば、科学論文に必要な特殊記号や特殊文字も打てる。また、ヘブライ語なども打てる。

しかし、この電動タイプはなんとも高価で、 私のいた国立大学では、講座の半年分の予算で、やっと一台が買える虎の子であった。

その国立大学の理学部では、当時は「実験講座」と「非実験講座」との間に予算の配分の違いがなくなったときで、実験や観測の機械や実験器具に投資しなくてもいい数学科の先生たちは、一人一台、この電動タイプライターを買った、というのが大変羨ましかった。私たちはせいぜい、教室全体で一台で、使いたい人の取り合いになっていたのであった。

また、数学科の先生たちは、部屋に絨毯を敷き、椅子も10万円以上の高価な椅子に座っていた。私がカリフォルニア工科大を訪ねたときに、研究者の個室に絨毯が敷いてあって、その上に本や文献をじかに置いてあるので、別世界のような感じがしたものだ。日本の大学では、極めて珍しかったのである。

ところで、この付加装置「マイプライタ」もやはり高く、こちらは日本製だが、136900円(当時のPC-9801用)〜163800万円(当時のIBM 5110, 5120用)もした。しかしいくら高くても、今のワープロのように、用紙を入れたり、取り替えたりしてくれるわけではない。

2010年秋に、書類を整理していて、この1981年のカタログを見つけた。29年目の「発掘」である。これもまた、産業考古学というのであろうか。

1 秒に10文字打てるというのが売りであった。

しかし、「電話が急にかかったとき、紙が終わりになったときなど」、動作途中でも印字をストップさせられるスイッチがついているのが哀しい。人間は、じっと、この滑稽な機械の動作を見続けていなければならなかったのである。妙齢のタイピストの仕草に見とれているのとは、わけがちがう。


 

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