今月の写真
第二次大戦が終わったあとも、サハリンで日本兵が戦死しました。犬死にというべきでしょう。でも、考えてみれば、すべての戦死は、国策の犠牲になった犬死になのかもしれません。


第二次大戦は、1945年8月15日に、日本が降伏したことで終結した。その前の5月にはドイツが降伏して、欧州戦線では、すでに戦闘が終わっていた。

しかし、サハリン(樺太)では、8月22日まで戦闘が続いた。8月9日にソ連軍が当時の国境だった北緯50度を越えて攻め込んできたうえ、さらに戦力を増強し、20日には、南西部の主要都市真岡に上陸してきて、激しい戦闘が続いたのであった。

つまり、日本が降伏して敗戦(終戦)になってからも一週間も戦闘が続き、多くの命が失われたのである。

これは、北海道庁の赤煉瓦館に展示してある、サハリンから回収された日本軍の兵士の鉄兜(てつかぶと=ヘルメット)。見られるように、前面からいくつかの銃弾が飛び込んで、銃弾は鉄兜の後ろから飛び出していったのが、まざまざとわかる。兵士は、もちろん即死に違いない。

この鉄兜は日本軍で広く使われていたもので「九〇式鉄帽」というものだ。クロームモリブデン鋼を材料に使ったもので、硬くて高性能のものだと言われていた。しかし、1000メートル先から撃った小銃弾も防げないものであった。なお、「九〇」とは、当時使うことが強制されていた、日本だけが使っていた年号、「皇紀」の数字である。

右のアルミ製の食器も、同じく銃弾が貫いている。

戦争が終わってからの戦死は、もちろん、無駄な死だ。犬死に、とも言える。

しかし、この戦闘で死んだ兵士だけではない。ほかの戦線で、他の時期に死んだ兵士も、じつは、無謀な国策の犠牲になった犬死にだったのではないだろうか。

戦争は、誰が、いつ、やるにしろ、むごいものである。

じつは、私が物心ついてから育った時代が、日本がいちばん戦争から遠かった時代だった。いまは、また、戦争に近づいているのを感じている。


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