今月の写真
首都圏に多大な影響を及ぼしてきたのは、この火山・浅間山と富士山でした

この山、浅間山(標高2,568m)は美しい山だが、日本にとっての疫病神だった。

たとえば江戸時代の1783年(天明3年)に歴史に残る大噴火をして、噴火の直接の犠牲者だけでも1500人以上を数え、その天明年間に東北地方で約10万人の死者を出した天明の大飢饉も、この浅間山の大噴火で出た火山灰が太陽の光を遮ったためではないかと言われている(註)。

この1783年の噴火は日本の過去の火山噴火の中でも十指に入るほど大規模なもので、火山から噴出した火山灰や熔岩や火山弾の量は1億立方メートルを超えた。なお、このほか総噴出量が1億立方メートルを超えた大規模な噴火としては、1707年の富士山の宝永噴火(東北地方太平洋沖地震なみの巨大地震と考えられている宝永地震の49日あとに噴火した)や1914年の鹿児島・桜島の噴火などがある。

グリーンランドで氷河を掘っていくボーリングをしたときに、このときの火山灰が見つかったこともあり、この噴火で舞い上がった火山灰は、地球を半周したことになる。

その約30年後、インドネシアにあるタンボラ火山も1815年に大噴火をしている。地元では噴火後の食料枯渇のための餓死を含めて、92000人もの死者を生んだ。また天明の浅間の噴火の半世紀後の1833年にはインドネシアのクラカタウ火山が大噴火をした。噴火は火山島ひとつが吹き飛んでしまったほどのすさまじいもので、地元の死者は36000人にものぼった。噴火による気圧の変動は、地球を7まわりしたものさえ記録されているほどの噴火だった。

これらの噴火後5年間にもわたって、太陽が異常に赤っぽく見えたり、ビショップの環が見えたりした。噴火で舞い上がった火山灰は、そんな長い間、漂っていたのだ。「核の冬」と同じように、舞い上がった火山灰は世界の気候を変え、冷夏を招き、農作物の不作をひき起こした。火山の大きな噴火は世界の気候さえも変えてしまう。

じつはこの浅間山の大噴火と同じ年の1783年に噴火したアイスランドのラキ火山も噴火した。そして、その影響は広く及び、それによる飢饉は1789年に起きたフランス革命の一つの原因になったと言われている。

影響はフランスだけではなかった。ヨーロッパでも北のほうにある国々では、農作物は、生育できるぎりぎりの寒冷な気候のところで栽培されている。文明が進み、人口が増え、必要な食糧が増えたとしても、ちょっとした気候の変化で、作物の収穫量が上下する。日本でも、食べていけなくなった農民が立ち上がった百姓一揆が各地で頻発したのも、この時代である。

冷夏が来るたびに飢饉が繰り返された。多くの悲劇が伝えられている。なかでも18世紀にはたびたび冷害が襲い、おびただしい餓死者が出た。多くの人たちが、土地を離れざるを得なかった。

ノルウェー、ポーランド、アイルランド。これらの国々で食えなくなって米国に渡った移民は多い。暗殺されたケネディ元大統領はアイルランドの、またかつての駐日大使だったモンデールはノルウェーの、またかつての大統領特別補佐官のブレジンスキーはポーランドの、それぞれ移民の末裔である。

浅間山はこのほかにも数え切れないほどの大小の噴火をくり返してきている。浅間山の怖いところは、しばしば爆発型(ブルカノ式)の噴火をすることのほか、噴火のときに火砕流(熱雲)が発生しやすいところだ。

最近での噴火は2004年のものが近年としては大きめの規模だった。この2004年の噴火では、群馬県、埼玉県、東京都、神奈川県、そして千葉県の外房にある勝浦市まで火山灰が降った。

気象庁は「100年活動度または1万年活動度が特に高い活火山」として、”ランクA”の活火山に指定している。

浅間山は日本百名山のひとつではあるが、1972年以来、現在までずっと登山規制が続いていて、火口から500mまでの登山しか認められていない。私は規制される前に登ったことがあるが、大きくて深い火口を縁から覗き込んで見えた光景は、なかなかの壮観であった。

関東地方を広く覆っている関東ローム層という地層は、この浅間山と富士山などからの火山灰が降り積もってできたものだ。いったん舞い上がった火山灰は上空でいつも西から吹いている偏西風(ジェット気流)に乗って、東側に多く降る。つまり、今後の噴火でも、大きな影響を首都圏に及ぼす可能性がある火山が、この浅間山と富士山、というわけである。

(写真は長野県佐久市浅科から見た浅間山。2013年2月に撮影。北信地域とちがって、このへんは雪が少ない。山頂近くの山腹が黒く見えるのは地肌が見えているところだ。浅間山は雪が多く降ると真っ白になるが、晴れた日が続くと、冬の間でも地肌が見えてくる。

見えてくるのは必ずしも下のほうからではなく、日当たりがよくて風が強い尾根筋や、傾斜の急な斜面、つまり多くの場合は山頂に近い上のほうから先に黒くなってくる。地熱の影響もまったくないわけではなかろうが、写真のように南側で地肌が出ていても、北側の群馬県は真っ白なので、日当たりの影響の方がずっと多いらしい。

撮影したレンズは170mm相当

(註)最近の研究では、天明の飢饉は、むしろラキ火山の影響ではないかという説もある。


【2017年3月に追記】この3月に、浅間山の噴煙が見えた。火山活動は依然、活発である。


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