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外国人が書く数字・日本人が書く数字

はじめてイランに行ったときは慌てた。深夜に着いて迎えに来てくれるはずの人が現れなかったためもあるが、「数字」さえもがまったく読めないのである。「アラビア文字の数字」は私たちが普通に使っている1, 2, 3・・・の「アラビア数字」ではない。 私にとって幸いなことに、この経験は欧州では感じたことはない。

しかし、「私たちが普通に使っている」アラビア数字も、じつは手書きだと、外国人の書く数字と、私たちが書いている数字とは、じつはかなり違うのだ。

これはドイツ北部のブレーメン空港にあった旅行代理店の掲示。世界各地の観光地へのパックツアーの広告である。

数字が読めないことはない。だが、まず「5」が違う。 じつは私が書いた「5」は西洋人には読めないことが多い。「S」のように角がない曲線に、「-」を付け足した私の「5」は、「5」にはくっきりした角があるはず、という人たちには読めないのである。

また「1」も私たちには馴染みがない。左側の「ヒゲ」が下まで伸びているばかりではなくて「ヒゲ」のほうが「本体」よりも長くて下に達しているからだ。また「9」も、これではまるで「g」だ。日本人が書く「9」は右側が直線で、このように曲がることは、まず、ない。

このほか、「4」が違う。これはドイツのカメラの字体と日本のカメラの字体の違いでもある。「4」の上側が開いていて、これは私たちが書く、上側が閉じた「4」とは大いに違うのだ。

手書きの文字を認識することは、活字よりもずっとむつかしい。手書きだと、すでに頭に入っている「鋳型」にあてはめて認識するからだ。この「鋳型」がない外国人が手書きの日本語を模倣すると、こうなる。

文字は自然に書けるようになるものではない。親や先生が子どもに教えることによって、はじめて、書けるようになる。それゆえ、先生や親が、このような数字を書いていれば、当然ながら、子供たちはその字を書くようになる。

じつはこれは語学も同じだ。一昔前のドイツ人学者の英語は、特有の「ドイツ語なまり」があるのがふつうだった。聞けばすぐ、ドイツ人の英語だと分かる。これは子供たちの英語の先生が、そのような発音をしていたせいだ。

しかし、1990年頃からは、ドイツ人の学者の英語からドイツ語なまりが消えた。英語のテレビの影響や、国際交流が増えたせいもあるが、先生たちの英語の発音がよくなったことと無関係ではあるまい。

たとえばロシア語なまりの英語は、まだ、ある。また、フランス語なまりの英語も強く残っている。フランス語の場合は、フランス語には「th」の音がないことも影響しているのだろう。フランス語が英語よりも美しい言葉だ、こちらこそ世界語だという意識があるせいもあろう。

ところで、ドイツ人たちが夏休みに行きたいところの一覧が、この掲示から読みとれる。エジプト、キューバ、マデイラ(リスボンの南西1000kmの大西洋に浮かぶポルトガル領の島)、トルコといった日本人にはあまり馴染みのない海岸のリゾートの地名が並んでいる。地元のブレーメンのほか、近くのハンブルグ、ハノーバー、そしてやや遠いフランクフルトなどの出発空港と出発日や、Hiltonなどの滞在ホテルも書いてある。

ちなみに、欧州では月日は「日.月」と表す。米国では「月.日」と日本と同じだから、米国人や日本人にとっては、とても間違いやすい。

私にとってうらやましいのは滞在の長さだ。1-2週間(ドイツ語だと「wo」)滞在するパックが当たり前のことだ。グアムや香港に2泊3日といったせかせかした日本人の休暇からは考えられない長さだが、これが欧州の標準なのである。


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