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2015年5月、箱根火山でなにが起きているのか

(写真は箱根。出てきた高温の噴気で倒れた林。ただならない雰囲気だが、現場は大涌谷から尾根ひとつを超えた北側で、規制範囲の外側である。2015年5月に撮影)

「The Page」に寄稿した島村英紀の文章から)
●火山ごとに異なる「前兆」


 2015年5月6日、気象庁は箱根の噴火警報レベルを1から2に上げました。これによって火口まで行けたレベル1から、山頂(大涌谷=おおわくだに)付近には行けなくなったレベル2になりました。その後も火山性地震は活発で、付近に展開されている地震計網では4月後半以降4000回を超えるほどの浅い火山性地震が活発に起き続け、大涌谷の噴気も増え、山体膨張も観測されています。これらの現象は、いずれもマグマが浅いところに上がってきていることを示しているものです。

 しかし、箱根が噴火するかどうかは、学問的には未知数なのです。その最大の理由は、かつての箱根の噴火を日本人が見て、記録していたことがないからです。

 火山はそれぞれに性質が大いに違います。ひとつの火山で噴火の前に出た前兆は、他の火山では噴火の前兆にはならない例が多いのです。

 2014年9月に噴火して60人以上の死者行方不明者を生んでしまった御嶽山も、2007年に起きたずっと小さい噴火のときには2週間前から火山性微動が出ていました。火山性微動はマグマが活発に動いている指標だと思われています。

 しかしもっと大きな噴火になってしまった2014年のときには、火山性微動は噴火のわずか11分前まで、火山性微動は出ませんでした。つまり、ひとつの火山でも噴火ごとに「前兆」が違うこともあるのです。

 箱根はかつて大噴火したことがたびたびある火山です。たとえば6-9万年前の噴火のときは火砕流が出て、50キロメートルも離れた横浜まで達したことが地質学的な調査から分かっています。火砕流は新幹線なみの速さで温度も300℃もあります。20世紀初頭にはカリブ海の島で3万人の町が全滅したこともあります。

 また箱根の大噴火で3200年前には、それまで3000メートル級の高さがあったと思われていた箱根火山の上半分が吹き飛ばされていまの1400メートルの高さになったものなのです。それだけではなく、そのときの噴火から出た火砕流がカルデラを埋めて芦ノ湖を作り、仙石原を埋めて平らにし、さらに西側の外輪山である長尾峠を越えて静岡県側まで流れ出しました。

 だが、前に書いたように、これらの大噴火の前にどんな前兆があったのかは、まったく記録されていないのです。

 それゆえ、今後、箱根がどういう「前兆」がどこまであったときに噴火するか、という「(しきい)が分かっていないのです。

●「経験と勘」頼みの噴火予知


 じつは気象庁が発表する「噴火警報レベル」も、なにかの機械で数値を測っていて3.9が4.0になったら数値を上げるといった科学的・学問的なものではなくて、もっぱらそれぞれの火山の「経験と勘」だけに基づいて決めているものです。

 このため、たとえば北海道の有珠山(うすさん)や、長野・群馬県境の浅間山や、鹿児島・桜島のように過去の噴火歴が分かっていて、ホームドクターのような大学の火山学の先生が研究を続けているところでは「経験」が蓄積されています。それゆえ噴火警報レベルも箱根よりは確かなものになっています。しかし、箱根は経験がもっともない火山のひとつなのです。

 2014年の御嶽では噴火警報レベル1、つまり山頂まで登山客が行ってもいいという規制のときに噴火して大被害を生んでしまったのでした。

 気象庁としては、もし箱根が噴火警報レベル1のままで噴火したら取り返しがつかない失敗を繰り返すことになる、というので、噴火警報レベルを上げたのでしょう。その「根拠」はあいまいなものですし、大涌谷の周辺300メートルという範囲も、学問的な裏付けがあるものではありません。

 また、気象庁が言っているような「水蒸気噴火」でおさまるかどうかも学問的にはわからないことなのです。もっとステージが上がってマグマが地表に出てくる「マグマ水蒸気噴火」になる可能性は高くはないとはいえ、それが起きないという学問的な保証はないのです。

 気象庁は天気予報もしている役所だから、同じ「予知」ならば同じように可能だと考える人も多いかもしれません。しかし、噴火予知や地震予知は天気予報とは根本的に違うことがあります。

 それは天気予報は「大気の運動方程式」というものがすでに分かっていることです。それゆえ観測データ、たとえば全国に1200地点以上もあるアメダスの観測データやゾンデ(気象観測用の気球)の観測データを入れれば「未来」が計算できるのです。

 しかし、これと違って噴火予知にも地震予知にも、肝心の方程式はまだ分かっていません。

 そのうえ地表が柔らかい堆積層や柔らかい火山灰に覆われているので、地震や噴火に関係する地下深くにある基盤岩や火山の内部といった深部の岩のなかで、どのような歪みやマグマが蓄積されていっているかといったデータはいまだ取れません。これでは天気予報なみの地震予知や噴火予知は出来るはずがないのです。

●”兄弟”のような箱根と富士山


 じつは箱根以外にも、いつ噴火しても不思議ではない状態に近づいている火山は日本に多くあります。蔵王山、吾妻山、草津白根山などです。

 また富士山もそのひとつです。現在までの富士山の最後の噴火は1707年の宝永噴火で、これは過去の富士山の三大噴火のひとつになった大きな噴火でした。

 上空に舞い上がった火山灰は偏西風に乗って関東地方にも15センチ以上もの火山灰が積もりました。関東地方を広く覆っている関東ローム層は、半分が富士山からの火山灰、半分が浅間山からの火山灰なのです。両方の火山がたびたび噴火したので、関東ローム層という厚い地層が出来たのです。

 この富士山も、噴火の前に何が起きたかが分かっていない火山です。たとえば平安時代は400年間ありましたが、そのはじめの300年間に、富士山は10回も噴火しました。300年以上も噴火していない現在までの期間は、とても異常な時期なのです。

 地球物理学的には富士山がこのままずっと噴火しないことは考えられません。もし噴火したら人々が集まっている富士山の山腹や山麓だけではなくて、日本の東西分断など、とても大きな影響を及ぼすことも確かなことなのです。

 数年前から河口湖の水位が下がったり、林道に大きな地割れが出来たり、氷穴の氷が溶けたり、富士山の伏流水が山麓に多量にわき出してきたり、といった「異常」が報告されています。しかし、これらが噴火の前兆であるかどうかは、以前の経験がないので分からないのが実情なのです。

 もちろん、精密な機械観測が富士山でも行われています。しかし、どういう「前兆」がどこまであったときに噴火するか、という「閾(しきい)値」が分かっていないことも箱根と同じなのです。

(下の写真は、北海道・樽前山山頂の溶岩ドームの東側の壁。次の噴火で崩れたら火砕流が心配されている。2015年5月撮影)。


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