『極地研究NEWS』 173号、 2005年3月発行

新所長からのメッセージ
あえて「不器用な」研究を指向する理由

 「南極観測は曲がり角」ということをよく聞くようになった。

 日本で南極観測が始まった1950年代から1960年代にかけての初期のころには、国民的な熱気で南極観測隊を送り出していた。1945年に第二次世界大戦が終わり、ドイツと同じように、戦争を仕掛けたが敗戦国になってしまった日本は、まだ貧しく、観測隊を送り出す方も、送り出される方も、遠い南極に科学調査隊を送り出す、という夢に酔っていられた時代であった。

 それから、ほぼ半世紀。初期のころと比べると、国民の熱気は様変わりしてしまった。南極の科学も、あまたの科学のひとつになった。また、国民の夢を担う科学が、ハワイの山頂に作った巨大な天文台や、岐阜の山中の地下にある、何をやっているのか一般の人には分からないが大事な研究をやっていそうな素粒子の観測施設といった新しい科学に分散されてしまっていることもあろう。

 このため、一昨年来問題になっている、寿命が尽きかけている南極観測船の更新問題でも、「いつまで同じように南極観測を続けるのか」「規模を大幅に縮小できないのか」というのが、国の財政当局の当初の言い方であった。

 莫大な借金を抱えている日本の国家財政を預かっている財政当局の言い分は、ある意味では国民の言い分でもある。南極観測をはじめ、極地の研究や観測を担当している国立極地研究所としては、もちろん、重く受け止めなければならない。

【科学者からの発信】

 もちろん、私たち極地の研究者にも言い分がある。なんのために南極や北極などの極地の研究をやっているのか、それが人類とその未来のためにどんな意味を持つのか、そのためには、国民にどう支えてもらわなければならないのか、そういった発信を続けていくことが必要なのだと思う。

 これは極地研究にかぎらず、どの科学にも必要なことのはずだ。じつは私は2004年12月に国立極地研究所長に就任するまでは、地震や火山の研究者であった。地震や火山は、いわば「国民を人質に」取りやすい学問である。地震や噴火といった大きな惨禍をもたらす災害を予知したり軽減したりする研究の必要性は誰にでも認められやすい。それゆえ、たとえ業績がそれほどあがらなくても、研究の目的を掲げるだけで、大きな額の研究費も継続的に得やすいという、特殊な学問であった。

 しかし、他の大多数の学問は、そうではない。地震や火山の学問も含めて、学問としての業績や言い分をぞれぞれの学問が発信すること、そして、その発信の結果としての評価を、国民や財政当局や、ほかの科学者からも得ながら進めていくのが学問の本来の姿なのであろう。

【地球を探る最後の「窓」】

 たとえば、南極上空のオゾンホール。これは日本の南極観測隊が世界で初めて発見したものだが、地球上のどこでフロンガスを捨てても、それが南極上空のオゾンホールを拡大させている。フロンガスが問題になってから、それまでのフロンに代わる代替フロンが広く使われるようになった。しかし、この代替フロンも別の環境問題を引き起こすことが分かってきている。

 南極には限らない。人類の生存圏からはるかに離れた北極圏の絶海の孤島で観測している大気中の重金属成分も、人間活動のせいで、増え続けている。

 「地球の病気」は、南極や北極などの極地に、まず出る。また、世界の気候や海洋の変動のカギを握っているのは極地なのである。中緯度や赤道付近の気候や海洋の研究者たちは自分たちの研究の重要性を訴えるが、じつは極地の大気や海洋が中緯度や低緯度の気候や海洋に深く影響していることをそれほど認識していないように、私からは見える。

 つまり私たち人類が汚してしまった地球のための「処方箋」を書くためには、極地での観測や研究が不可欠なのである。それも、定点観測としての継続的な観測と、それに基づいた先進的な研究が必要である。

 定点観測は、地味な観測である。継続することに意味があり、継続できなくなれば、いままでのデータの蓄積も意味がなくなってしまう。

 もちろん定点観測が必要なのは極地観測には限らない。日本全国に張り巡らされている気象観測も、全国に1000地点以上ある地震計の観測も定点観測である。しかし、国内の定点観測が土地を確保して機械を設置してしまえば、あとはほとんど手間がかからないのと違って、極地での定点観測を維持するためには桁違いの手間や費用がかかる。

 国立極地研究所が持つ南極大陸の内陸の基地では、越冬中に医学的な計測がくり返された結果、全員の髪が細くなり抜け毛が増えたことが分かった。爪の伸びも減った。過剰なくらいの栄養のある食事を与えたにもかかわらず、全員の体重が減り、20キロも減った隊員も出た。医学的に言えば代謝異常である。厳しい自然の中で、軟禁状態からのストレスのせいだった。このような環境で観測を続けるのが、どんなに大変なことか分かるだろう。

 また、南極や北極は、地球を探るための「窓」でもある。磁場を持つ太陽系の惑星としての地球の姿の解明にはまだしなければならない研究が多く。地球の内部から超高層まで広く地球内外の研究の拠点としての極地研究は、これからますます重要性が増そうとしている。

 地球を探るための「窓」にはいろいろあるが、熱帯や温帯にある「窓」はすでに十分使われてしまっていて、そこから見えるものの限界も見えている。地球の最後の「窓」が極地なのである。

【フィールドサイエンスの拠点に】

 ところで、南極に行くにはパスポートもビザも要らない。長く続いた東西冷戦の時代から現在まで、南極はどの国にも属さない科学者の聖域に保たれてきた。英国、ノルウェー、アルゼンチン、チリなど世界7ヶ国がかつて行った領有宣言が凍結されてきたからで、南極は一度も軍事利用されたことはない。これには、世界の南極科学者の自発的な集まりであるSCAR(南極研究科学委員会)の働きが大きかった。

 しかし「凍結」は「放棄」とは違う。もしかしたら、の将来をにらんで、国策として南極観測に参加する国も増えてきた。昨年秋のSCAR総会ではスイスとマレーシアの新加盟が認められて、南極観測を行っている国は40ヶ国に迫ろうとしている。

 南極を誰にも属さない共通の財産として保ちながら各国の科学者が研究を進めていくことが出来るのか、あるいは各国が南極を領土にして資源を「山分け」してしまうのか、各国と科学者の舵取りが問われているのである。

 もちろん北極も大事である。不幸なことに冷戦の時代には北極海は米ソ両国の原子力潜水艦が遊弋(ゆうよく)する緊張の海だった。科学どころではなかったのである。1990年にソ連の崩壊で冷戦が終わってからようやく科学の扉が開かれたとはいえ、夏でも厚い氷があって高性能の砕氷船を必要とする北極の科学は、まだしなければならないことが多い。

 近年ではインターネットの急速な普及とともに、世界各地の大量のデータを加工して仕上げる「器用な」研究がはびこる傾向にある。しかし極地科学に限らず、フィールドサイエンスは既成のデータでは得られないものを見る、つまり、いままで見えなかったものを見るための、もっとも有効な道具のはずだ。真に新しいものは、新しい窓を開くことによってしか生まれない。

 国立極地研究所はフィールドサイエンスの拠点として、今までにない観測を組織し、いままでに取れなかったデータを収集する最前線を担っていきたい。それが、地球の研究の裾野を広げ、若い科学者を育てることにつながっていくはずである。

 国立極地研究所は、「大学共同利用機関法人」である。全国の大学などの研究者に支えられて初めて成り立つ組織だ。これからも、所外の研究者と活発な共同研究を進めていきたい。

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