科学雑誌『クオーク』(講談社)
シリーズ連載「島村英紀・地球タマゴの旅」 1990年4月号・その12
(これは加筆して『地震は妖怪 騙された学者たち』に再録してあります)

クジラを数える素敵な方法

 地震の妖怪をとらえようと、地震を観測する技術を磨いているうちに、いろいろなことができるようになった。

 地震計は地震を観測したり、地下核爆発を探知するだけではない。いまや、クジラも追跡できるのである。

 アラスカのバロー岬は北緯71度。アラスカでも最北端のこの岬では、毎年4月と5月には、沖合にクジラがよく見える。太平洋から北極海へ、北極クジラが移住するシーズンなのである。

 アラスカの資源局は、保護のため、毎年その数を数えていた。ただしこれまで、その方法は原始的だった。監視員が海岸に陣取り、双眼鏡で沖を眺めて、呼吸のためにクジラが吹く潮を、ひとつひとつ数えていたのである。

 アラスカの北極海岸の春は遅い。このころの海は、まだ一面の氷に覆われている。ところどころに裂け目のように細長く開いた水面があるだけである。

 クジラは、ひとつの裂け目の水面から別の裂け目へと、わずかに開いた海を縫うように移動しながら潮を吹いているようであった。

 しかし、双眼鏡は夜には役に立たないし、雪の日にも、霧の日にも使えない。それに、海岸から見えるところでクジラが潮を吹くとは限らない。

 つまりこの方法では、数え落しが多くて、正確な生態調査とは言えなかったのである。

 しかし 1985年からは、画期的な方法が取り入れられた。地震計を使ってクジラを追い、数を数えよう、という試みである。

 地震計のセンサーとしてはハイドロホンという高感度の水中マイクロホンを使っている。水中で、ごく弱い音波を捉えることができる。私たちも海底地震計のセンサーの一部として使っているものだ。

 幸い、北極クジラは泳ぎながらよく歌ってくれる。不思議な歌である。何を意味するのか、まだ解読できていない。リズムも音階もあり、1、2秒しか続かない短い声だが、その短い間に音程を上げたり下げたりする「歌」なのである。

 その水中での鳴き声を地震に見立てて、「震源」を知ろうというわけである。クジラが動けば、「震源」も動く。

 どうやって「震源」を知るのだろう。

 日本では、地震を感じてから何分もしないうちに、テレビなどに地震速報が出る。

 その仕組みはあのゴルゴ13に似ている。彼は、背後に忍び寄った敵が拳銃の撃鉄を起こす音を聞いて、振り返りざまに敵のピストルを撃ち落とす。

 このゴルゴ13の耳と脳の働きが、地震計とコンピューターが震源を決めるときにやっている仕事と同じなのである。

 日本の気象庁では、全国に約500点ほどある気象庁の地震計からの観測データを、電話線を使って、つねに集めている。各地の大学でも似たような観測をしている。

 地震があれば、地震計が地震波を記録する。しかし、それぞれの地震計は震源からの距離が違うから、ある地震計には早く感じられ、別の地震計には遅く感じられる。ちょうどゴルゴ一三が右耳と左耳で聞いた音のずれによって撃鉄を起こす音の来た方向を知るのと同じである。

 地震計の数が多いほど震源は正確に決められる。

 クジラを監視する地震計はバロー岬の近くの氷の上にあちこちに置かれ、それぞれのセンサーを海中に垂らしていた。そしてアンテナを立て、電波でデータを監視局に集中していた。 日本の気象庁や大学の地震監視システムと同じである。この地震計は、15キロも先のクジラの位置を、数十メートルの誤差で決めることができたのである。

 しかし観測の環境は厳しい。特にブリザード(雪嵐)は観測器の大敵である。最初の年には3分の1の地震計が強風でこわれてしまった。

 電波が突然、途絶えたこともある。好奇心の強いホッキョクグマがアンテナをかじってしまったのである。事件以後、アンテナはずっと丈夫なものに替えられた。

 地震計を使った監視が始まってから、クジラの数はいままでよりもずっと正確にわかるようになった。双眼鏡では見えない遠いところをたくさんのクジラが通っ ているのも分かった。

 わかったことはそれだけではなかった。

 クジラは、息をするために氷の裂け目の水面をさがし、そこに浮上するのではなかった。なんと厚さ30センチもある氷を体当りで割り、そこへ頭を出して息をしていたのである。これは新発見だった。

 もっと不思議なことは、すぐ近くに開いた水面があるのに、わざわざ氷に体当りして割って息をしているクジラが、よく見られたことだった。

 なぜそんなことをするのかはナゾだ。力を誇示しているのか、それとも、じゃれているのかもしれない。

 クジラは、地震計で監視されていることは、もちろん予想もしていないに違いない。

 しかし、クジラには限らない。見知らぬ土地であなたが歩き回っているのを、いつの間にか監視することも、地震計にとっては、朝飯前のことなのである。

(イラストは『クオーク』掲載時に、イラストレーターの奈和浩子さんに描いていただいたものを再録しました)

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