科学雑誌『クオーク』(講談社)
シリーズ連載「島村英紀・地球タマゴの旅」 1990年9月号・その17
(これは加筆して『地震学がよくわかる---誰も知らない地球のドラマ』に再録してあります)


北極海のUFOの正体

 UFOの話をしよう。

 北極海を一面に覆いつくしている氷原に金属製の筒が落ちて来た。氷の上に落ちるときの衝撃をやわらげるために、パラシュートが付いていた。筒は野球のバットを一回りくらい太くした大きさ。筒は乾いた音を立てて硬い氷の上に落ちた。

 その瞬間、プシューッという音とともに筒の外側がはじけて、中身が氷の上にむき出しになって散らばった。

 奇妙な中身である。尖った頭と多くの足を持った、まるでイカを金属で作ったような部品がある。巨大なヒトデそっくりの形をした金属部品もある。

 不思議なことが起きる。イカの頭の部分は、激しい熱を持っている。恐ろしいほどの蒸気を上げて周りの氷をつぎつぎに溶かしながら、あれよあれよという間に、イカは頭を下にして、氷を溶かしながら、その中に潜っていく。

 イカが穴をあけながら氷の中を降りて行くと、電線でつながったヒトデも引っ張られる。しかしヒトデはその腕が邪魔になって、イカが氷にあけた穴の入り口に引っかかっる。ヒトデが穴の口を塞いだ形になる。

 よく見ると、ヒトデの中心には、40〜50センチの金属の槍が刺さっている。イカは氷の下に消え、氷の上に残ったのは、ヒトデと、その中心に刺さった槍だけである。

 一方、高熱で氷を溶かしながら貫いて降りていったイカは、1メートルもある氷を抜け終わると頭のカバーが外れる。すると、イカの胴体の中に入っていた部品が 、細い電線を引きずりながら、50メートルほど海水の中に降りて行って止まる。

 じつは、これは最新式の地球物理学の観測器なのである。

 飛行機から投げ落として、厚い氷に覆われた北極海の水温分布を調べたり、海中で地震の波を観測して、そのデータを電波で送って来る機械だ。この機械があれば、厳しい極北の環境で和泉雅子さんのようなキャンプをすることもせずに、暖かい飛行機の中でデータを集めることができるのである。

 水中に下りて行った部品は、ハイドロホンという水中マイクロホンだったり、サーミスターという温度センサーだったりする。いずれも、観測したいデータを電気信号に変えるもので、その信号は電線を伝って、氷の上にあるヒトデに導かれる。

 ヒトデは電気回路を入れた容器、それに刺さった槍は観測したデータを電波に乗せて送信するためのアンテナなのである。

 この最新式の観測器の秘密はイカの頭にある。ここには高熱を出して水と激しく反応するリチウムという金属が着いている。

 リチウムは、近頃こそはカメラの電池などでよく使われるようになって馴染みのあるものになったが、水に触っただけで爆発的に燃える、という恐ろしいものであることは変わりない。1995年に福井県にある動燃の実験炉「もんじゅ」で爆発的に燃えて大事故になったナトリウムと性質はよく似ている。兄弟分の元素だからだ。厚い氷を溶かすくらいは簡単なのである。

 ある観測船では、観測器に入れたリチウム電池が爆発して金属部品が乗組員のヒザを撃ち抜いたこともある。

 さて、この最新の観測器は、人間が作った、もっともUFOに近い物体にちがいない。

 私は地球物理学で観測に使う観測の機械を造ったり見たりするのが好きである。

 地球物理学では、人間が行けなかったり、触れないものを探って来る必要がある観測が多い。深い海の底、地底、宇宙空間。どれも、手軽に行って観察したり、資料を取って来るわけには行かないところばかりである。

 ぜひ行きたい。でも行けない。そこで機械を作って思いを託すことになる。こうして地球物理学者は、工夫を凝らした観測器を作ることになる。

 地球物理学者の倉庫には、元・科学少年たちが、一生懸命頭をひねって作ったような不思議な機械がゴロゴロしている。

 たとえば、深海底の堆積物を取って来る機械がある。腕の太さほどで長さが10メートルもある金属のパイプに、1トンもの錘を付けて観測船から海底に落とす。魚にとっては迷惑に違いない。ともかく、この乱暴な機械は海底のドロを何メートルもパイプに詰めて帰って来るのである。

 海底につもっているドロはマリンスノーが降り積もったものである。積もる速さはごく遅く、1000年かかってたった1ミリということもある。このため、10メートルも積もった堆積物をとってくれば、1000万年もの地球の歴史が分かることになる。そのドロの中には、過去の地球の気候を示す小動物の化石や、遠くの火山からの火山灰や、これも遠くから飛んできた植物の種やらが入っているからである。

 4メートルもある金属の槍を深海底に刺して、海底の温度を測って来る機械もある。これもパイプと同じく海底のどこに落ちるか、全然分からずに海面から投げ込むことになる。しかし、どこに落ちてもいい、とにかく未知のデータを取ってきてくれれば、というのが地球物理学者の気持ちなのである。

 うちの大学の技官が、ある観測器を持っていて、空港の安全検査で引っかかったことがある。地面に打ち込むためのトゲを持った機械だったことが災いした。空港で捕まって大汗をかいている男がいたら、それは地球物理学者かも知れないのである。

(イラストは『クオーク』掲載時に、イラストレーターの奈和浩子さんに描いていただいたものを再録しました)

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