島村英紀裁判通信の読者の方々へ(控訴断念のご挨拶)

2007年1月30日

主文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する()。」

1月12日、札幌地裁の被告人席で、「主文」に続く「判決理由」を聞きながら、昨年5月から始まったこの裁判はなんだったのかと考えていました。証人尋問で、被害者とされた検察側証人が「だまされたとは思っていない」と証言しているのに、その事実は黙殺され、検察論告に書いてある通りの「理由」がそのまま法廷に流れていきます。

初めから予定されていた通りの起訴であり、論告であり、判決でした。このように予定通りに進む「裁判」に、被告人はなにをいったらいいのでしょうか? 私がだれをだまし、だれに損害を与えたという裁判なのでしょうか?


判決のあとで、法律の専門家たちから、こんな意見を聞きました。

「実態が売買ではなかったことをまったく無視した判決。invoiceがあって金が動いた。それをまったく外形的(形式的)に捉えただけの判決だ」

「形式的には詐欺罪。しかし被害は発生していないし、被害者も被害にあった覚えはない、と裁判で明言した。この事件を詐欺罪として罰することができるのか疑問だ。『詐欺罪の処罰の無定見の拡大化』ではないか」


もう少し詳しく説明すれば、今回の「事件」では、だれも損をしていません。ミエルデ教授の証言にあったように、ノルウェー・ベルゲン大学側は、研究成果にも私との協力関係にも100%満足していました。

また北海道大学側でも、私のこの研究で、成果を大いに上げたはずです。北海道大学のPRにもたびたび使われていたのですから。しかも残っていた研究費を、私が出来なくなった研究を続けてもらうために、すべて北海道大学に戻したのですから。

私たちが「最終弁論」で、諄々と説いたはずの、「検察側が(残された書類から形式的に判断して)売買だと主張している」ことについて、裁判では、「実態」を見てほしかったのです。

また、北海道大学が告訴した「業務上横領」では、研究費の私的流用が立証できなかったことで立件できずに、札幌地検は詐欺として起訴したものの、検察が主張する「詐欺の被害者」であるベルゲン大学のミエルデ教授や、その上司である研究所長が「詐欺にあった覚えがない」と明言している真実を、国民にわかりやすい判決として、正面から判断してほしかったのです。それが私たちの願いでした。

しかし判決は、たんに「形式的な」事実だけを羅列し、肝心の「争点の裁判所としての判断」をまったく避けてしまったもので、ごくわずかあった判断も、すべて検察側の受け売りという残念な判決でした。

たとえば、判決文10頁目2 - 4行に「その後、他の物と入れ替わっている物もあり、ミエルデらベルゲン大学側もこれを了承していた様子はあるが、このような事情もそれらの物の代替性や使途等からすると、ミエルデの錯誤に合理的な疑いを抱かせるに足りない」とありますが、論理的におかしい文章です。

「了承していた様子」で「典型的な売買」を否定しながら、「代替性や使途等からすると」と、どういう売買なのか、肝心なところを逃げているのです。

そしてまた新聞などでは、簡単に、「外国の大学から2000万円をだましとった」と報道されてしまいました。「共同研究費」として受け取ったお金で、一銭たりとも私用に使っていなかったのに、そしてそれは検察も認めたのに、これではまさに「私腹を肥やした悪徳学者」ではありませんか。

たしかにベルゲン大に懇願されたとき、文書で証拠を残さなかったことは私の落ち度ですが、「売った」とされた海底地震計のいくつかは北大に戻ってきています。ベルゲン大はそれを「返せ」とはいってきません。はて、彼らは本当に「買った」つもりなのでしょうか?

だれがだれをだまそうとしたのか、ここに至って気がつきましたが、もはや遅かったのです。

北海道大学は、ずいぶん前から、謳い文句に国際化を掲げています。しかし、北海道大学が海外学術調査の研究費を研究者に支給したことは、私の知る限り、一度もありません。

一方、研究者が外国の大学や研究所から研究費を得ても、それを北海道大学が大学として受け取る仕組みさえありませんでした。北海道大学の他の研究者たちも方便を見つけたり、困っていたことも裁判の過程で明らかになりました。私の場合も、研究費は個人で管理する口座に入れるしかなかったのです。


控訴期限の1月26日5時ぎりぎりまで、「真実」を求めて上級審に控訴することを考えました。

控訴は真実のために争うためのものですが、一方、それには時間、手間、費用がかかります。また執行猶予期間がその間は「凍結」されてしまいます。

法律の専門家からも
「迷うのなら控訴しなさい。あとで後悔するより、よほどいい。また控訴は、その先、いつでも取り下げられる」
「意地でも控訴したいだろうが、メリット・デメリットがある」
との丁寧なアドバイスをいただきました。


しかし、悩み抜いた末に出した結論は、裁判所でこの程度の判断(というか判断停止)が繰り返されるのなら、控訴は無駄であるということでした。高裁での裁判は、そもそも証拠を丁寧に調べるものではなく、地裁の判決で適用された法律の間違い、訴訟手続き違反、量刑不当、事実誤認など、限られたものだけを扱うという「規定」があるそうです。

それ以外は控訴理由にはならず、棄却になる可能性があります。裁判になっても(十分な)「新証拠」が出せなければ一回だけで終わります。判決も一審と同じである可能性、あるいは控訴棄却になる可能性があります。

さらにもうひとつ。控訴すれば検察の応酬控訴が予想され、担当に想定される裁判官による判決で、執行猶予がつかないおそれがあることも考慮しました。

札幌高裁には有罪を乱発するので有名な裁判官がいて、私の事件は、その裁判官に回ると予想されました。


この裁判は、初めから判決が決まっていた「推定有罪」でした。一銭のお金も私物化していない(と検察が検証した)私が詐欺であるという判決なら、それを受け入れます。

「真実追求」とか「名誉回復」とか「悔しい」という気持ちを押さえ込み、限られた私の人生を、社会活動や研究など、私が本来やりたいことに捧げようと思うに到りました。

それが控訴断念の理由です。

(執行猶予期間の4年が経過したときには犯歴も前科も消えるとはいえ)、私は今後、国から与えられた「前科一犯」の肩書を誇りとして生きていこうと思います。


しかしまた世界に通用した地震学者としての誇りも失っていないつもりです。今後も私は、地球科学や地球環境問題への発言を続けていきたいと考えています。「それでも地震予知は不可能だ」と。

日本が推し進めてきた地震予知研究が、じつは地震予知の見通しのないまま、「地震予知が出来る」を前提にして法律や防災の仕組みが作られてきたことを私は真正面から批判してきました。地震予知に膨大な予算を費やす人たちにとっては、私は邪魔な存在であったのかもしれません。

私が主張してきた「地震予知は不可能を前提として対策を講じるべきだ」ということは、ようやく政府や地方自治体の政策にも反映されはじめました。これからも、地球物理学者として、地震の被害を最小限に食い止め、国民の命や財産を守るために、いままで以上に、地震予知批判や、地震の正しい理解のための啓蒙活動を続けるつもりです。


私がノルウェーと共同で行ってきた研究は、「なぜ大西洋が生まれたか」という地球科学の大きな謎を解くだけではありません。大西洋中央海嶺で生まれた二つのプレート(ユーラシアプレートと北米プレート)が地球上を半周して、再び出会って衝突して起こったのが北海道南西沖地震(1993年)や日本海中部地震(1983年)だったことからわかるように、日本の地震研究にとっても重要な研究だったのです。

今日から私のこのホームページに、裁判の経緯も含めて私の主張を掲載する予定です。たまに私のホームページを覗いていただけたら、うれしく思います。


今回の捜査・逮捕・勾留・裁判を通じて、私は熱心な弁護士の先生たちをはじめ、驚くほど多くの友人や先輩・同僚たちに支えられてきました。たくさんいただいた励ましのメールが、どれほど心強かったことでしょうか。またマスコミの方々からも貴重なアドバイスをいただきました。これは、私にとってかけがえのない財産になりました。

最後に、そのみなさまに深く感謝の意を捧げたいと思います。

ありがとうございました。

註) 判決後、裁判所から「執行猶予のしおり--日本の法秩序維持のために」、とか「執行猶予中のmustとnot」とかいった注意書きでも来るのかと想像しましたが、まったく、なにも来ませんでした。それで、以下はインターネットで調べたものです。

執行猶予とは、裁判で刑の言い渡しはするものの、その執行を一定期間猶予し、猶予期間を経過したときは刑罰を受けることがなくなる制度です。期間内に再犯をすれば刑を執行するという威嚇のもとに再犯を防止する一方で、前科を背負い続けるという不利益をなくし、更生に役立てる制度です。

その間の生活については、法律では、一般人と、なんの差もありません。

このため、海外旅行も自由ですし、パスポートにもなんの記載もありません。ただ、外国当局が麻薬事犯などの一部の犯罪で、情報を仕入れ、外国地で入国を阻止することがあるかもしれませんが、これは、ごく例外的なことです 

なお、性犯罪などで、執行猶予と同時に「保護観察」が付けられた場合には、1ヶ月以上の旅行には保護観察所所長に届け出ることが必要ということです(保護観察法5条)が、今回は付けられていません。

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