島村英紀の裁判通信・その1
(2006年6月2日に発信)

 (初公判と、それまでの経過。Part 1)


元北大教授・地震学者の島村英紀が2006年2月1日に「詐欺」の容疑で、突然、逮捕され、2006年5月26日にその第1回公判が開かれたことをご存じでしょうか?

私たちは彼の学生時代からの友人ですが、この奇妙な逮捕裁判劇について調べてみました。本人がいまだに札幌拘置所に拘留されているため、本人からの情報が少ないのですが、私たちにわかっていることだけ、かつて島村英紀と交流があった方々に、メールマガジンで、お知らせします。
今回は長いので、2回に分けてメルマガを発信します。

第2回公判が2006年6月6、7両日に開かれる予定で、ここには私たちの代表が傍聴に出かけます。6月中旬には新しい傍聴記をお届けできると思います。
<編集部>

<目次>

1 公判始まる
2 初公判傍聴記
3 事件の発端
4 民事訴訟
5 逮捕・起訴

<1 公判始まる>
●読売新聞(北海道) 2006年5月26日の記事より(本文のまま)
島村被告が罪状否認?地震計売却詐欺初公判
 国立極地研究所前所長で元北海道大教授、島村英紀被告(64)が北大在職中、北大所有の海底地震計をノルウェー・ベルゲン大教授に勝手に売却したとして詐欺罪に問われた事件の初公判が26日、札幌地裁(井口実裁判長)であった。

島村被告は、「ベルゲン大から送金があったことは事実だが、それ以外の起訴状の内容は事実ではない」と述べ、起訴事実を否認した。弁護人も「海底地震計は北大が管理する国有財産ではなく、島村被告がベルゲン大教授をだました事実はない」と無罪を主張した。

 検察側、弁護側とも被害者であるベルゲン大教授の証人尋問を請求して採用され、来月6、7の両日、教授の尋問が行われることになった。島村被告の犯意が争われる裁判の山場となる。

 起訴状などによると、島村被告は北大地震火山研究観測センター長だった1998年9月から99年5月にかけ、研究のためノルウェーに持ち込んでいた北大の海底地震計5組を、自分には売却する権限がないのにあるように装い、ベルゲン大教授から計約2000万円を自分の個人口座に振り込ませてだまし取った。

 検察側は、証拠の説明で、ベルゲン大から入金があった個人口座の金を、島村被告が数度にわたって定期口座に移し替えていたことを明らかにし、「生活資金などに使った」と指摘した。

 島村被告は紺色のツイード上着にギンガムチェックのシャツ姿。ノート2冊と鉛筆を手に現れ、裁判長に何度か確認の質問をするなど、終始落ち着いた様子だった。罪状認否では書面をはっきりした声で読み上げて否認し、着席すると、傍聴席の知人に会釈した。

 2月1日の逮捕以来、札幌拘置支所に拘置が続く。弁護士以外との面会が禁じられ、一時は弱気な態度も見せていたという。最近は、家族が差し入れた太宰治や宮沢賢治の全集を読むなどしていた。

<2 初公判傍聴記>
この第1回公判を傍聴した島村の北海道の友人たちからこんな報告が届きました。
●<ドキュメント 島村英紀裁判>
日時  06年5月26日 10:00
場所  札幌地裁5号法廷
傍聴  マスコミ(記者10名、TV1台、)その他18名。(カメラは被告入廷前に退去)。
開廷  9:55裁判長と判事2名(うち女性1名)着席
    検事1名、弁護士4名。

   10:00「被告」島村入廷。腰縄・手錠ながら傍聴席に視線を向ける。人定質問。生年月日、本籍、現住所、職業の確認など、背筋をシャキット伸ばし、良く通る声で答える。

起訴  眼鏡を掛けた小太りの検事が起訴状を朗読する。内容は、北大の財産である海底地震計をノルウェイ・ベルゲン大に売り付け私腹を肥やした。従って罪状は「詐欺」というもの。

本人陳述でこれを明確に否定。

閉廷  弁護士の無罪主張。次回日程を確認して閉廷。盟友島村氏は傍聴席最後方に座っている妻をしっかりと見て退廷。

次回  6月6日(火)ベルゲン大教授証人尋問、7日(水)同教授反対尋問。いずれも10時から休憩を挟みながら5時までの予定。

●<島村さん初公判を傍聴して>
裁判所といわれるところに行ったのは、4年前のこと以来2度目。前回は、自分は被告として簡易裁判所へ。30Km超の速度違反者として罰金刑を受けております(一応前科者)。それ以来裁判所とは無縁な善良な市民の私にとって、「裁判所」というとやはり緊張します。

4月26日に地裁を下見してきましたので、5月26日は緊張しつつもスムーズに入廷。

テレビドラマで見たと同じに、島村さんは手鎖、腰縄で入廷。

予想はしていましたが、まさに「お白州」で裁きを受ける手鎖、腰縄姿を目の当たりにしたとき、島村さんの無念な心中を察し胸が痛みました。島村さんの背広上着は、厚手の冬物。真冬の2月に収監されたことを思い出させます。

法廷での島村さんは、今まで同様に「送金の事実はあったが、それ以外の起訴事実はなし」と全面否認。口調はしっかりとしていましたが、すこしやつれたかなというのが俺の感想。

検事のいう「入金された金は生活費などに使った」というのが気になりました。

北大の備品ではない自前の手作りの観測機の売買代金を自分の口座に入れてしまったので、自分の「本当のお金」を生活費に使ったとしても問題はないのに、「入金された金は生活費などに使った」という言いぐさは検事らしい「いやらしい言い方」だし、変なところを突いてくるなと感心させられました?

「大犯罪人」という印象を与えるような言い方です。

確かにお金には「観測機の売買代金」と「自分の本当のお金」と区別できるように色は付いていませんからね。

皆さんも感じているように、自前の手作りの観測機の売買代金を別の口座(研究基金のような)に入れておけばと思った次第です。若干、島村さんらしくない脇が甘かったかなと・・・。

何はともあれ、「観測機の売買代金」を私する島村さんではないことははっきりしていますので、今後も微力ながら支援? をしていきたいと思っています。

今回は法廷が終了したとき「島村さん!がんばってください」と声を掛けるくらいの支援? しかできなかった俺ですが・・・・

裁判長というのは堅苦しい物言いをするのかと思っていましたが、違いました。島村さんにも何か小学生に語りかけるような言い方でしたね。

検事の提出した「証拠書類?」に付いていた付箋を見て、裁判長が分かっているのに「この付箋には何か意味がありますか」など「突っ込み」を入れるなど裁判傍聴もおもしろいものだと、小学生みたいな感想をもった俺でした。

6月6、7日のノルウェー・ベンゲル大教授がどのような証言をするか、不謹慎ながら楽しみでもあり不安でもありですが傍聴に行きます。

●<茶番劇 真昼の暗黒>
仲間のヨタロウやカツスケならいざ知らず、一番縁遠い筈だった島村さんがとんだ茶番劇に巻き込まれたものです。然も、国立極地研究所へ転出した途端のことですから、まさに恣意と悪意以外何も感じられません。

すでにレポがありますので屋上屋になりますが、私メにもひと言ふた言こと感想を。


1 島村さんいつもと変わらず、全然怯んでいなかった(この人は強いネー、きっと獄中で研究を続けているのだろーナ)。

2 もう初夏だというのにあの服装はないですヨ! 選挙中の政治家のスーツじゃないんだから。何とかしろッ!!

3 マスコミも相変わらずマッチポンプ。「はっきりした口調で・・自らの潔白を」「落ち着かない様子も見せた」「この裁判にかける意気込み・・」 これがマスコミの公平性でしょうか。

「札幌拘置所での拘置生活・・」詐欺罪で、しかも2千万円程度の微罪での異例とも思われる長期の拘留については一切触れられていません。まさに真昼の暗黒ではありませんか。ホリエモンでさえ・・。

4 島村さんから、東京から、海外からお客さんが来るから何処か良いところを紹介しろと、この20年程何度も依頼がありました。5千円で、余り酒を呑めない、呑まない? 島村さんはよく自転車で来ていました。とても「詐欺」をして国有財産を私物化し「生活費」に使った等とはあり得ないことです。


*次回は、証人尋問と反対尋問です。

島村さんにとっては、今どれ位の味方が傍聴に来ているかが、大きな励ましになるような気がします。ご参集下さい。

今日の島村氏は、ちっとも潮垂れた様子もなく、毅然としていました。

返ってこちらが励まされたような気がしました。本当に強い人ですネ! 当方からは6名が傍聴に行きました。

次回は6月6日10時からベルゲン大の教授が検事側証人として証言します。

何しろ通訳を介してのことでして、5時までの予定です。7日は弁護側の反対尋問がこれまた10時から5時まで予定されました。

<3 事件の発端>
私たちの友人・島村英紀が06年2月1日、札幌地検に逮捕されて、すでに120日が過ぎました。同じく否認を続けたホリエモンでさえも94日で保釈されたのですが、島村はいまだに保釈も接見も許可されず、拘留が続いています。

しかも第1回公判は、4月24日に決まっていたのですが、検事が異動、さらに担当判事も異動となって、5月26日に延期されました。

ここで島村英紀がなんのために逮捕・起訴されたのか、振り返ってみます。

発端は05年4月、北海道大学が、北大教授(地震火山研究観測センター長)から極地研所長へ転身した島村英紀を「横領」で告訴したことでした。北大によれば、これは島村の統括する地震火山研究観測センター・海底地震部門の助手による内部告発で告訴したとしています。

この告発の概要は、
1 北海道大学所有の物品である海底地震計を売り渡し、代金を受け取ったこと、

2 1987年から共同研究を継続しているノルウェー・ベルゲン大学から島村に対し多額の資金提供があるが、国庫納付せず私的経理をしていることなどです。

(北海道大学「海底地震計売却等の不祥事について調査結果報告書」05/3/18より一部要約)

この北大報告書に対し、島村英紀は即座に反論を出しました。

1 島村が東大から北大へ転勤する以前から、また北大転勤後も東大など他大学の研究者と共同研究してきた実態(北大所属の島村というよりは日本の各大学の海底地震観測グループの取りまとめ役としての島村)からすれば、外国から受け取って外国との共同研究に使ってきた研究費について、北大当局が、その経緯についてとやかく言える根拠はなにか。

2 ベルゲン大学が切望した海底地震計の「形式的な所有」(実態は海底地震計の主要部分は日本に置いてあることを北大当局も確認したし、ノルウェーでの共同観測のたびに、最良のものに入れ替えて来ている。

2002年にノルウェーから最後に持って帰ったすべての海底地震計は、その後北海道近海で、ノルウェー側の所有権の確認請求も許諾もなしに北大独自の海底地震観測として何度も使われている)が行われている、

いわば、この「実態のない」海底地震計を北大の費用で購入したものとして「正確に同定」出来、かつ北大に損害を与えた という「明確な」証拠を示せるのか。

3 上記に関して、北大の理学部事務担当者に委任経理金として受け入れの相談を複数回したにもかかわらず、受け入れ不可能という返事をしたことについての北大当局の責任をどう考えるのか。(一部要約 05/3/28)

<4 民事訴訟>
北大側は昨年4月の告訴に続き、同8月、島村に地震計の売却代金約2200万円の損害賠償を求める民事訴訟を札幌地裁に起こしました。

この民事訴訟では、島村英紀の主張が認められ、昨年11月の段階で勝訴確定の方向に向かっていました(担当・札幌の尾崎英雄弁護士の話)。担当弁護士も島村英紀自身も逮捕されるなどとは想像もせず、安心(油断?)していたといえます。

たとえば06年元旦に友人宛て届いた年賀状。

「あけましておめでとうございます。

2005年に国立極地研究所を辞職し、その後、◆◆大学(埼玉県●●市)に勤めております。短大から四年制大学になってからまだ●年目という新しい大学で、茶畑が残る丘陵地帯にあって、富士山をはじめ、秩父や丹沢の山並みが手に取るようによく見えるところにあります。

また、35年間の「官」の勤めから解放されて、「野」にあることの自由を楽しんでおります。仕事の上でも、いままでの「走り続けてきた」身から、初めてのんびり「歩く」ことを憶えたとも言えるかもしれません。

「野」にある利点を生かして、12月には『ポケット図解 最新 地震がよ?くわかる本』(秀和システム)という本を出しました。地震予知や政府の地震対策への批判を含めたつもりです。
末筆になりますが、今年の皆様の多幸をお祈り申し上げます。」

さらに2006年1月31日、つまり逮捕の前日、学生時代の仲間と電話で話していますが、裁判や逮捕のことなどまったく話題にしませんでした。なんの問題もないと安心していたのです。

<5 逮捕・起訴>
北大の物理学者・中谷宇吉郎の言葉という「天災は忘れた頃にやってくる」の通り、事態は思いもかけない展開となりました。

06年2月1日午前7時、なんの前触れもなく、東京都練馬区の自宅に札幌地検の家宅捜査が入り、直後、島村英紀は逮捕され(東京地検へ同行して事情聴取のあと午前11時逮捕)、札幌へ護送されました。

逮捕容疑は、北大が告訴した「業務上横領」ではなく、「権限がないのに北大の海底地震計を売却すると持ちかけ、共同研究相手のノルウェー・ベルゲン大教授から代金二千万円をだまし取った」という「詐欺容疑」でした。

島村英紀はすべてを否認し続けましたが、2月21日に起訴されました

。検察庁は、普通は起訴するかどうかは部内の会議で数日前に決めておき、起訴状を朝のうちに裁判所に持っていくのだそうですが、今回は、夕刻の締切ぎりぎりという入れの時間に持ち込んだそうです。また、起訴当日の午後まで、島村英紀の検事調べが入っていたそうです。これも異例なことでした。迷いがあったのでしょうか。

島村英紀がノルウェーと共同で海底地震観測を始めたのは1987年。以後、2003年まで、ほとんど毎年のように、島村英紀が地震計を持ち込み、ノルウェーが観測船や人工震源などを提供する形で、大西洋がなぜ出来たかという地球科学の謎解きや、同国の国益にかなう海底油田の成り立ちを探る地震観測などを続けてきました。なお、島村英紀は同じような共同観測を、ノルウェーだけではなく、アイスランド、フランス、ドイツ、ポーランド、英国、アルゼンチンなどとも続けてきています。

問題の地震計は、島村英紀が東大理学部に在籍した69年ごろから、自ら作成してきました。秋葉原で部品を買い集め、町工場や小規模メーカーに図面を渡して部品を発注、大学で組み立ててきたもので、北大の備品ではなく、「部品を自分たちで買い集めた消耗品だ」との認識を示していました。このあたりの事情は島村がかつて書いた著書にも詳しく出ています。

これに対し、札幌地検は関係者の事情聴取などから、大学の所有物と判断。逮捕を発表した石田一宏次席検事は、「犯意があったのは明らか」と語りました。また北大の逸見勝亮理事・副学長は、「本学の告訴をきっかけに逮捕につながったものであり、適正に処分されることを期待する」とのコメントを発表しました。

●逮捕当時の新聞記事より引用
島村英紀は、1972年-2004年11月の間、北大に在籍し、98-02年に初代の地震火山研究観測センター長を務めた。地球環境の変化が真っ先に表れる「極地」が研究の舞台で、日本で屈指の国際派地震学者だった。同センターのあるスタッフは「幅広く情報を集め、知識が豊富。外国の研究者との交流は、北大随一ではなかったか」と話す。

海底地震計は、3000トンの水圧にも耐える設計で、直径43センチの強化ガラス球に入れられたもの。非常に繊細な観測機器で、高度な製作技術は、島村英紀が独自に構築してきたものだった。これを、多い時には30個以上も海に沈めて人工地震を起こし、観測後回収して地球内部の様子を探る。

島村英紀と一緒に地震計を作り、地震観測をした経験のある研究者は、「朗らかな人で、金にルーズというより、むしろ厳しかった」と話す。この研究者が開発した地震計を島村容疑者に見せた際は、「(多数の地震計を使って観測できるように)もっと安い値段で作れないか」などと述べ、先見の明を感じさせたという。

一方、島村は地震予知に批判的で、論敵も多かった。予知研究者や政府の努力を、「現代の科学では不可能だと証明されているのに、国民に対してあたかも可能であるかのように伝えているのは許されない」と冷水を浴びせていた。(以上は読売新聞2006年2月2日より一部抜粋)

以降は「地震学者・島村英紀裁判通信 2」に続きます。

島村英紀の裁判通信」の目次へ
島村英紀の家宅捜索・逮捕・連行劇
島村英紀の獄中記
海底地震計・海底地震観測とはどのようなものなのだろう
悪妻をもらうと哲学者になれるなら:海底地震学者は「哲学者」になれる
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島村英紀が書いた「もののあわれ」

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