著書『地震は妖怪 騙された学者たち』には載せなかった写真(島村英紀撮影


島村英紀『地震は妖怪 騙された学者たちから

第3章第7節:魚は地震を予知出来るか

(前略)

 先生の研究によれば、東日本の太平洋岸では、16世紀からいままでにイワシ(マイワシ)の豊漁期は4回あって、その時には大地震が多かったが、その谷間の不漁期には大地震がないという。イワシの豊漁は40から50年続くことが多いのだが、それが地震活動と一致しているのだという。

 もともと、岩手県の三陸地方には、イワシがよく捕れるときには大地震がある、という言い伝えがある。たとえば、1896年の明治三陸地震津波と1933年の三陸沖地震の2回の大地震の前は、異常なくらいの豊漁であった。

 すでに書いたように、1896年の地震は特別な地震だった。地震の震度そのものは小さかったが、大津波を生んだのだ。津波だけ大きい「津波地震」だったのである。一方、1933年の地震は潜り込む太平洋プレート全体が断ち切れてしまったほどの巨大地震であった。これも大津波を発生した。これらの地震の前に、魚が何かを感じて集まってきたのだろうというのが先生の説なのである。

 私も地震と漁獲の関係を実感したことがある。1982年に北海道の襟裳岬の沖で浦河沖地震(マグニチュード7.1)が起きて、海底地震計を持って余震観測に行ったときだ。

 北海道の家の屋根はトタンで出来ていて軽い。また雪が載っても潰れないように家も丈夫だ。つまり同じ揺れでも北海道の家は、はるかに壊れにくく出来ている。このため、阪神・淡路大震災とほぼ同じマグニチュードのかなりの地震だったのに、死者を出すことはなく、建物の全壊はわずか9棟、半壊も16棟ですんだ。

 この余震観測では、船主の方(故
谷崎盛宏さん=右下の写真)が無償で貸してくださって、浦河港から沖に向かったのだが、そのときに港の魚市場には、メヌケという赤い高級魚があふれていたのである。メヌケは海底の近くに住む魚なので、本震や余震にびっくりして浮き上がったところを網に掛かったのだろうと思われている。

 じつは漁獲量と地震の関係を最初に論文に書いたのは寺田寅彦である。1932年のことだ。彼は伊豆半島の伊東沖の一日ごとの群発地震の数のグラフと、近くで捕れたアジやメジ(マグロの仲間)の漁獲量のグラフが、大変よく似た形をしていることを示した。しかし寺田には、その理由はわからなかった。

(以下、略)

写真説明(この写真は本には載せていません): 「浦河沖地震の余震観測は、浦河漁業協同組合の谷崎盛宏さんの漁船を地震直後に、しかも無料で提供していただいたので、海底地震観測を行って震源でなにが起きていたかを研究することができた」


(この写真は本には載せていません)

浦河沖地震で大漁になり、魚箱から溢れる高級魚メヌケ

浦河漁業協同組合の谷崎盛宏さん(右の写真。後ろは谷崎さんの小型漁船)は、この地震直後に高級魚のメヌケが大漁になったので、忙しかった。

メヌケは底魚で、本震や余震の震動でびっくりして網にかかったのであろう。





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