『東京消防』 「火の見櫓」(東京消防協会)』、2001年9月号

南極基地でいちばん怖いものは火事

 世界には、もっとも消防署を必要としながら、じつは消防署がないところがある。それは各国が持っている南極や北極の越冬観測基地である。私は各国が南極や北極に持つ約10カ所の基地を訪れたことがある。どこでも、もっとも恐れていることが火事だった。

 専門の職員がいるわけではないから消防能力は低い。また、夏でも雪が降る気候だから、焼け出されたら、命の問題だ。隣の基地までは、はるかに遠い。もちろん、建て直すための資材が現地で入手できるわけではない。

 南極基地の作り方には相反する二つの方式がある。

 私が船で訪れた、ある越冬南極基地の話をしよう。

 激しいブリザードの夜の海を抜けて、朝にアルゼンチンが持つエスペランザ南極基地に着いたときには、眼を洗われる思いだった。上部をオレンジ色、下部を黄色に塗り分けたたくさんの小さな小屋が並んでいる。抜けるように青い空と海、氷河の輝く白、岩の吸い込まれるような深い黒とのとりあわせが宝石箱をひっくりかえしたように美しい。基地の後ろは壁のような岩山。これは氷河の圏谷(カール)で、氷河が造った特有の山岳地形である。

 この基地には、小さな小屋が30棟もある。隊員の居住用の小屋のほか、食堂や集会場、食糧庫などがそれぞれ別棟になっている。最大の小屋は中央にある食堂兼集会場。一方、小さな小屋は定員5人。ダイニング・キッチンと居間兼寝室とシャワー、トイレが各一部屋。つまり1LDKだ。

 このように小さい小屋をいくつも作る理由はただ一つ、たとえ燃えても基地全体が燃えることはないからなのだ。

 しかし、この方式には重大な欠点がある。わずか数十メートルしか離れていない別の小屋に行くことが命がけになるような気象が珍しくないからだ。数メートル先がまったく見えなくなるブリザードは決して珍しくない。

 単調な越冬基地の生活では、食事は数少ない楽しみのひとつだ。暖かい食事をとり、食後に話をしたり、酒を飲んだり、ビデオや本を見るのが基地のせめてもの息抜きなのである。

 しかし気象によっては、命のために、暖かい食事を我慢しなければならないことになる。もちろん、ビスケットのような最小限の蓄えはそれぞれの小屋にある。しかし、暖かい食事や団欒に加われないほどつらいことはない。

 それだけではない。怪我や病気で医者を必要とする場面や、無線室に行って本国の家族に電話したいときにも、個別の小屋の方式は不便である。

 一方、大きなひとつの建物を造って、中ですべての生活が出来るようにする方式の南極基地もある。じつはこちらの方式の基地のほうが多い。

 また二、三の大きな建物を渡り廊下でつなぐのも、この方式に近い。日本の昭和基地もこうなっている。

 南極基地に火事は珍しくはない。アルゼンチンが持つマランビオ基地も3棟のうち2棟を全焼した。電気の配線が老化していてショートしたせいだ。私が行ったときも、無惨な焼け跡が残っていた。長い越冬に耐えられなくなった隊員の放火で全焼した某国の南極基地もある。

 もちろん、この方式でも、それなりに火事に備えてある。たとえば北極海の絶海の孤島スピッツベルゲンにポーランドが持つ北極基地では建物は一つだったが、食糧庫だけは別棟だった。最悪でも食糧だけは被害から守ろうとしているのである。

 どの極地の基地も、毎日、火事におびえながら暮らしているのである。

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