島村英紀が撮った新シリーズ「海の風景」


1-1:南太平洋のスコール

熱帯のスコールは激しい雨が数分から数十分降り続き、突然雨がやんで快晴の青空に戻る。それゆえ、現地の人々は干してある洗濯物を全然気にしない。スコールで濡れても、そのあとの強い日射しで、1時間もあれば完全に乾いてしまうからである。

画面の左には激しいスコールと、それを降らせる雲が写っている。このようにスコールが降っている範囲は、ごく限られている。(清水=真水=の蓄えが少ない)小型船の船乗りは、身体に石鹸やシャンプーをつけて、スコールを待つこともある。

 この写真を撮った航海は1973年の『白鳳丸』(東京大学海洋研究所)の長期航海。東京・晴海埠頭を出てからグアム島、南太平洋・フィジー、セブ島(フィリピン)に寄港して83日目に東京・晴海埠頭に帰着した。

私は海底地震計のプロトタイプ(原始的な段階の測器)を持って、この長期航海に乗った。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 100mm f2.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64。外式というカラーフィルムだけに、30年経っても色が褪せないのは立派なものである。

しかし、そのコダクローム Kodachrome も、販売量の低迷から、KRもPKRともに、2007年春には、日本での販売を打ち切られ、日本での現像も2007年12月に打ち切られてしまった。その後は、世界でも、米国の一カ所でだけ、現像が可能になっていた。

さらに、2009年6月、ついにコダクロームの生産終了が発表された。2009年にはコダクロームはコダックの写真フィルム売り上げのわずか1%を占めるにすぎず、現像所もカンザス州パーソンズにあるドウェインズ・フォトが世界で唯一となっていた。同現像所は2010年までは現像サービスを続けるという。 なお、同年現在、コダック社の売り上げの約70%がデジタル事業から来ていた。

つまり、褪色・変色しないカラーフィルムは、事実上、なくなってしまったのである。
74年の歴史に幕が下ろされた。1950〜60年代が生産のピークであった。

【追記】 その後、2012年春に、コダックはカラーリバーサルフィルム全製品の製造販売を中止した。コダクロームをやめたあと、内式カラーリバーサルフィルムであるエクタクローム(とエリートクローム)が引き続き製造されていたが、それらもやめてしまった。リバーサルフィルムの需要が最盛期の1/10に落ち込んだことと、コダックの経営が傾いたせいである。これによって1935年のコダクロームの発売以来、77年間にわたったコダックのリバーサルフィルムの歴史は終わった。

しかし、そのコダックも、大衆に媚びて、安物カメラに手を出して失敗した苦い歴史も持っている。


1-2:南太平洋・フィジー島の夕暮れ

この写真を撮った航海も1973年の『白鳳丸』(東京大学海洋研究所)の長期航海。港外に停泊する船の舷灯が灯されると、海は夜を迎える。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 200mm f4.0。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-3:南太平洋の夕暮れ

この写真を撮った航海も1973年の『白鳳丸』(東京大学海洋研究所)の長期航海。夕焼けは一日として同じものはない。ニューギニア北方沖で。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 28mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-4:ビスマルク海の夕暮れ

北の海でも、ごくまれに油を流したように凪ぐ(なぐ)ことがないわけではない。しかし、ニューギニアの北側にあ るビスマルク海の凪を経験してしまうと、凪の程度がちがう、ことに気が付く。やはり、熱帯の海なのである。

油を流したような海は、夏雲と青空が海に映るような昼間(下の3-2)もいいが、夕方はまた、格別の景色になる。船の航跡は水平線まで消えずに残り、はるか彼方で魚が水面から飛び上がっているのも見える。 いつまで見ていても飽きない光景である。

撮影機材はOlympus Pen FT、レンズは Zuiko 25mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64。1971年夏に撮影)


1-5:北極海の夕暮れ

アイスランド沖、初夏の午前0時すぎの夕暮れ。太陽は沈んでも、すぐにまた出てくる。まるでサルバドール・ダリ(Salvador Dali) の絵のような夕暮れであった。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Zuiko 21mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-6:南太平洋の朝

この写真を撮った航海も1973年の『白鳳丸』(東京大学海洋研究所)の長期航海。

海がべた凪(なぎ)で風がないとき、不思議な光景が生まれる。水平線だけが光っている。まるでターナー(Joseph Mallord William Turner)が描きそうな風景である。

ニューギニア北方沖で。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 28mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-7:北西太平洋の夕暮れ

これもターナー風の風景かもしれない。しかし、光の状態は急速に変わっていくから、実際の景色にゆっくり見とれている時間は、案外に短いものである。

1999年10月、千島海溝付近の海上で。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Tamron Zoom 28-70mm/f3.5-4.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-8:北西太平洋の夕暮れ

1978年7月、三陸沖の北西太平洋海盆での海底地震観測のときの夕暮れ。

海底地震計を1000km以上の距離にわたって設置して人工地震を行って、太平洋プレートの地下構造を研究する長距離爆破という大規模な実験だった。

陸から1000kmも離れていたところなので、遠景に見えるのは陸ではなく、雲だ。べたなぎの海なので、微風が吹いているところだけがさざなみが立って黒くなっている。

(撮影機材はOlympus OM2、レンズは Zuiko 50mm f1.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-9:西大西洋・プエルトリコ海溝近くでの夕暮れ

1985年4月、フランスの深海潜水艇「ノーティール号」乗船のときの夕暮れ。

ノーティール号の母船であるフランス船『ナディール』から撮った。

この船がノーティール号を載せて日本に来てくれたときにも、ノーティール号に乗って日本海溝に潜るために乗り、その後、トルコ(2002年)や、カリブ海のガダルーペ島(2002年)でも、この『ナディール』に乗った。私とは縁の深い船である。

たいへん豪華なフランス料理を食べさせてくれる。また、これから潜水というときにも、ワインのついた「普通の」食事をしてから潜水を始める。日本の船だったら、酒はもちろん、水分を摂るな、食事を控えろ、とうるさいに違いない。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Zuiko100mm f2.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


1-10:奄美諸島沖太平洋の夕暮れ

1990年10月、鹿児島大学水産学部『敬天丸』で、奄美諸島沖で海底地震観測をしたときの夕暮れ。

下の写真4-3の説明にあるように、この航海は台風が迫ってきて大変な航海だった。この夕焼けは荒天の前の最後の太陽の輝きだった。

(撮影機材はOlympus OM2N、レンズは Tamron Zoom 35-70mm F3.5-4.5。フィルムはコニカG200)


1-11:北大西洋に出る虹

同じ太陽が演出する海の景色でも、北極海や北大西洋はこれほどまでに違う。

太陽の高度が低い北大西洋や北極海では、ほかでは見られない虹が出る。高さが低く、色も7色が判然としなくて白っぽい。日本の私たちから見ると、なんとも不思議な虹だ。

【追記】 虹の色が7色に分かれていなくて、虹の幅が狭く、白く見えるのは、空気中に漂っている水滴の大きさが小さい、つまり霧が虹を作っているからだ。

普通の虹を作る水滴は雨の水滴で2-3 mmの大きさがあるのに比べると、霧の水滴は1 mm よりもずっと小さい。このように、水滴の大きさが1/20 mm 程度になると、光を屈折させて十分に分光して7色に見えることがないのである。


海は熱帯から寒帯まで続いているが、その表情は千差万別である。

1998年7月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮った。

(撮影機材はOlympus OM4Ti、レンズは Tamron Zoom 35-70mm F3.5-4.5。フィルムはコダクロームKR)


2-1:船への珍客その1、アカオネッタイチョウ

この写真を撮った航海も1973年の『白鳳丸』(東京大学海洋研究所)の長期航海。船にはときどき鳥が舞い込む。とくに海が荒れたときの夜に多い。水鳥は甲板上からは飛び立てないので、人間の手で海へ放してやる。

この鳥は船にぶつかって怪我をしていて、胸に血が飛び散っていたので、赤チンを塗って治療した。

アカオネッタイチョウはその名の通り、美しくて長い真っ赤な尾を持っている。 写真の鳥の後ろに赤くて細い尾がぴんと立っているのが見えるだろうか。

ナウル島沖で。この後、鳥は元気に飛び去っていった。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 50mm f1.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)

この鳥は大西洋にもいるにちがいない。アゾレス諸島にある落書きはそれを示している。


2-2:船への珍客その2、青い目の鳥

この写真を撮った航海は1987年4月のドイツの観測船『ゾンネ』の航海。那覇を出てから、東シナ海で、夜の間に観測船に迷い込んできた黒くて尾が長い鳥。水色の大きな目が美しい。

くちばしも青い。おしゃれのセンスがある鳥というべきであろう。羽根のたたみ方も品がいい。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Zuiko 50mm f1.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)

この写真をとても気に入ってくださった方がいます。

なお、おしゃれな色使いの蝶


3-1:海が牙を剥くとき

当たり前のことだが、海はいつも静かなわけではない。

牙を剥いた荒海は、過去たびたび、船乗りの命を呑み込んできた。ブリッジ(船橋、船の操縦室)より高い波に出会うことは、決して珍しいことではない。

たいていの船乗りは、もうだめだ、と思ったことがあるという。

(1985年11月、北海道苫小牧沖で。撮影機材は Olympus OM4Ti、レンズは Tamron Zoom 28-80mm、フィルムはコダクロームKR64)


3-2:冬の遠州灘沖の荒れ海

望星丸(東海大学所属)での荒れ。マリアナ海域で海底地震観測をした帰り、清水に近づくほど、海が荒れた。

天気は快晴。典型的な冬型の気圧配置だったから、空は晴れていたが、北西の風が強く、大荒れの海になった。

この辺では、冬に富士山がよく見える天気だと、海の仕事はできない。

撮影機材はOlympus OM1、レンズは Zuiko 28mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


3-3:一年中平穏な南洋の海

荒れた海もあれば、べた凪の海もある。日本近海は世界でも荒れる海のほうである。

ここはニューギニア近海のビスマルク海。

天気は晴。雲も青空も、海に映っている。船は全速で走っているのに、ほとんど進んでいないように感じられるのもべた凪の海の不思議だ。

雲は積雲。しかし、海の上の積雲は、陸の上に発達する積乱雲にはならない。

撮影機材はOlympus Pen FT、レンズは Zuiko 25mm f3.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64。1971年夏に撮影)


3-4:インド洋大津波が起きたとは思えない静かな海、アンダマン海

2004年12月26日、インドネシア南西沖にあるアンダマン海で、スマトラ沖地震が起きた。モーメント・マグニチュードは9.1-9.3(学説によって違う)。地震計による観測で知られている限りでは、1960年のチリ沖地震に次ぐ、史上二番目の巨大地震だった。

この地震で起きた津波は、アフリカ東岸を含むインド洋全域で津波による大被害を引き起こし、沿岸の国々で22万人以上の犠牲者を呑み込んでしまった。

この地震は、インド・オーストラリア・プレートが、ユーラシアプレートと衝突しているスンダ海溝(ジャワ海溝)で起きたものだ。

しかし、日本にとっては他人事ではない。”いつ起きても不思議ではない”東海地震が、はじめの警告以来30年も経ったいま、私も自著で指摘したように、日本でも、東海地震が単独で起きるのではなく、このスマトラ沖地震型の巨大地震が起きるのではないかという可能性が高まっている。

【2012年に追記】 そして、2011年3月11日に、東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)が起きて、東日本大震災を引きおこしてしまった。私の危惧のひとつは不幸にも的中したことになった。今後さらに、東海沖から四国沖にかけて、別の巨大地震が発生しないとは、誰も言えなくなっている。

津波が過ぎ去ったあとのアンダマン海(画面中央部の水平線より下)は、いつもの、鏡のような熱帯の海に戻って夕陽を反射している。飛行機の飛行高度である約10000メートルよりも高く立ち上がっている雲は日本でも夏に見られる積乱雲である。

(2009年5月。マレーシア・クアラルンプール〜タイ・プーケットのB737-400機から。撮影機材はPanasonic Digital DMC-FZ20。レンズは87mm相当、F4.6、1/1000s)

4-1:太平洋の夕暮れ

冬の鳥島近海で。1989年12月、第23海工丸で海底地震観測のときに撮影。

(撮影機材はOlympus OM2、レンズは Zuiko 28mm f3.5。フィルムはフジ・リアラ・ネガフィルム)


4-2:相模湾・光の海

1982年7月。海底地震観測の帰りに。5海里ほどの距離で、貨物船とすれ違った。

(撮影機材はOlympus OM2、レンズは Zuiko 200mm f4。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


4-3:天草・光の海

1990年10月。海底地震観測の帰りに。小さな帆を掛けた小型の漁船が集まって操業していた。

鹿児島大学水産学部『敬天丸』で。私たちは台風避難で天草へ急ぐ途中だった。内海の一部だけが波が静かだったので、そこに集まって魚を捕っていたのだろう。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Zuiko 200mm f4。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


4-4:下北半島・脇野沢・光の海

1960年10月。陸奥湾の北端、下北半島の西南の角にある脇野沢で。

鯛島(弁天島)の向こうに見えるのは、陸奥湾の対岸、青森方面である。いまでこそ周回道路が開通しているが、当時は、脇野沢が道の行き止まりで、陸の孤島だった。汽車はいまだに、むつ(陸奥)までしか来ていない。

脇野沢の人たちにとっては、青森はすでに遠く、東京ははるかに遠い土地であった。

(撮影機材はNikon S、レンズは Nikkor 135mm f3.5。フィルムはフジ・ネオパンF ISO(ASA)32)


4-5:三陸・岩手県大槌湾沖の夕暮れ

1980年5月。ポップアップ式海底地震計のプロトタイプの実験の帰りに。小さな漁船も家路を急いでいる。

(撮影機材はOlympus OM2、レンズは Zuiko 100mm f2.8。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


4-6:アイスランド沖・北大西洋の「光の海」

同じ太陽が同じ地球の海を演出する「光の海」でも海の景色でも、4-1の鳥島近海と北極海や北大西洋とはこれほどまでに違う。

ここはアイスランドの沖。北極圏に近い北大西洋だ。海は鉛色のことが多く、太陽もめったに顔を出さない。

海も荒れるのが普通だ。写真に写っている白波は風がいつものように強いことを示している。

はるか遠くに「光の海」がある。暗い海を何日も航海していると、そこに海しかないことが分かっていても、双眼鏡で眺めて見たくなる。よく見ると、そこだけには4-3のような光り輝く帯が見えるのである。

1995年7月、アイスランドの海上保安庁の巡視船『オディン』の航海で撮った。

(撮影機材はOlympus OM4Ti、レンズは Tamron Zoom 35-70mm F3.5-4.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


4-7:スピッツベルゲン沖。対岸は氷河

これも「光の海」だが、北極海、スピッツベルゲンの光の海。北緯79度だから太陽の高度は低く、その光は弱々しい。

大西洋でも中部の海と違って、はるかに高緯度だけに、空も雲も、これほどまでに違う。海の色も暖かい海とは大違いである。

しかし、海の風景は、熱帯の海とはちがった美しさである。

対岸は氷河に覆われているスピッツベルゲン。人跡未踏の山が続いている。

1998年9月、ノルウェーの観測船『ホーコンモスビー』の航海で撮った。

(撮影機材はOlympus OM4Ti、レンズは Tokina Zoom 80-200mm。フィルムはコダクロームKR。ISO64)


5-1:ノルウェー・北極圏内の村の夕暮れ

ノルウェーの北極圏内の町トロムソTromsoから車で2時間ほど行ったところの村。大西洋から切り込んだフィヨルドのいちばん奥まったところにある。

つまり、向こうの明るい方角に海が開け、その先に大西洋がある。この構図や光の加減もターナーの絵に似ている。

毎日、このような海を眺めていると、その先にはなにがあるのだろう、行ってみたいと思うに違いない。

バイキングの故郷であるノルウェーは、このような景色に「恵まれて」いるというべきだろうか。

あるいは言い方を替えれば、猫の額のような狭い農地で農業をやるよりは、遠くに憧れる大きな夢を自然に持つようになるというべきなのであろう。

(1988年7月に撮影。撮影機材はOlympus OM4、レンズは Tamron Zoom 28-70mm F3.5-4.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)


5-2:ノルウェー・フィヨルドのいちばん先の「海」

ノルウェーの大西洋岸に多いフィヨルドは、どれも深く内陸に切れ込んでいる。なかには大西洋岸からの長さが200kmを超えるものさえある。

ここはノルウェー西岸の北極圏内の町ボードーBodoから車で2時間ほど内陸に入ったところにあるフィヨルドのいちばん先。フィヨルドは右の先から中央まで入ってきている。

まるで海の景色ではないようだが、目の前のフィヨルドは間違いなく塩水だし、海の魚も捕れる。貧弱ながら海藻も生えている。

船の沈み具合も淡水とは違う(淡水だと同じ船で同じ荷を積んでいても喫水が深くなる)。たしかに「海」なのである。

(1996年5月に撮影。景色はまだ冬山である。撮影機材はOlympus OM4、レンズはTokina Zoom 80-200mm F4.0。フィルムはフジReala 100)


5-3:ノルウェー・フィヨルドのいちばん先の「海」・その2

ここもノルウェー西岸の北極圏内の町ボードーBodoから車で4時間ほど内陸に入ったところにある、上とは別のフィヨルドのいちばん先。

高い山の上からSvartisen氷河が流れ落ちてきていて、ほとんど海面まで達しようとしている。もちろん氷河が流れ落ちる速さはごく遅いから、何年たっても、氷河が海に落ちることは、ここでは、ない。その意味ではパタゴニアの内陸氷河とは違う。

他方、山に降った雪は氷河の供給源でもある。つまり、ここでは氷河が「供給」されるのと、「溶けて消えていく」バランスが、たまたま取れているのである。

私がノルウェーの田舎を訪れるのが好きな理由は、まわりに誰も観光客がいないので、一人で風景と向き合うことが出来ることだ。アイスランドは別にして、他の国ではめったに味わえない贅沢である。

(1996年5月に撮影。撮影機材はOlympus OM4、レンズはTokina Zoom 80-200mm F4.0。フィルムはフジReala 100)



6-1:敷地が狭い島に立つ灯台

海に船が通るときには、燈台が必要だ。世界中に燈台はあるが、ノルウェー西海岸メーロイ近くの島に建っているこの燈台ほど、「敷地」が狭い灯台も珍しい。日本のような建蔽率の制限はこの国にはないのだろうか。

近年まで、この燈台には二人の灯台守が住んで、燈台の火を守っていた。家族ではなく、男の職員二人が、数カ月毎に後退する職場であった。 いまも燈台は光っているが、遠隔操作の無人燈台になった。

ここでの生活はどのようなものだったのだろう。庭を歩くことも、戸外で外の空気を胸一杯に吸い込むことも出来ない。食事は自炊。悪く言えば、幽閉生活のようなものだったに違いない。

(1996年6月に撮影。撮影機材はOlympus OM4、レンズは Tokina Zoom 80-200mm F4。フィルムはコダクロームKL。ISO(ASA)200)


6-2:ドイツ・北海の海岸での海水浴とは

ドイツは北海とバルト海に面している。デンマークがあ る半島の西側が北海である。 この北海岸は、干満の差が4m近くと大きく、また、たいへんな遠浅の海であ る。

北ドイツの短い夏。すこしでも天気がいいと、太陽に飢えた人々は海岸に繰り出す。しかし、北海岸の海水浴は、私の目から見ると、なんとも変わったものだった。

恐ろしく遠浅の海は、1km以上先まで歩いても、まだ膝の深さもない。つまり、泳げる深さにまで行くことは不可能なのである。子供たちは、かろうじて深くなっている、漁船のために掘り込んだ水路の泥の中で、カニのように泥と戯れている。

大人たちはせっせと日光浴にいそしんでいる。これが北ドイツの海水浴なのである。

ここはDorumの海岸。デンマークに近いところだ。元々は小エビをトロールで捕る小さな漁船の漁港だった。しかし、いまでは天気がいいと数千人の人たちが「海水浴」に押し掛けるリゾート地になっている。

この小エビは比較的高く売れる。しかし、この浅い海のために、漁船は潮の満ちた時だけに出港することが出来て、沖で漁をしたあと、次に潮が満ちるときにしか帰れない。

「海底」に立っている標識は掘り込んだ水路を示している。この標識がないと、潮が満ちたときにさえ船は座礁しかねない。この写真を撮ったときは、干潮時だったから、すべての漁船は泥の上に「座礁」していた。

(2004年7月。

ドイツ北部の港、クックスハーフェンで。 撮影機材はPanasonic Digital DMC-FZ10。レンズは320mm相当、F5.2、1/500s)

なお、ドーラムのそのほかの風景はこちらにも


6-3:海を汚すのも人類

人類はその誕生以来、海の恩恵に与ってきた。食糧を得ることも、遠くに行くことも、そして海のおかげで温暖な気候も手に入れることが出来た。

しかし、同時に、人類は海を汚し続けてきている。日本近海にかぎらず、世界の多くの海はゴミ捨て場として利用されてきたし、石油タンカーの事故のたびに、大規模な汚染が繰り返されてきている。

ここは英領シェットランド Shetland 諸島 。英国の北東沖の北海にある離れ島だ。距離的にはノルウェーのほうが近い。この土地では「いちばん近い鉄道の駅は英国の駅ではなく、ノルウェーの西海岸にあるベルゲンだ」といわれている。

船の墓場と言われるくらい荒い海に取り巻かれていて、この島の周辺で難破する船は多い。人々の多くは小型の船での漁業で生活している。

シェットランドの海岸に至る道で1995年夏に撮った。海岸は綺麗にしたが、まだ流れ着く油も、隠れている油もあるから気を付けるように、という注意書きだ。

(撮影機材はOlympus OM4、レンズは Tamron Zoom 28-70mm F3.5-4.5。フィルムはコダクロームKR。ISO(ASA)64)



島村英紀が撮った海底地震計の現場
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