島村英紀『夕刊フジ』 2015年7月24日(金曜)。5面。コラムその112 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

いつの世も火山活動に振り回される観光産業

 気象庁が渋い顔をしているなか、地元が火山の入山規制を解除してしまったことがある。噴火の危険を発表するのは気象庁や火山噴火予知連だが、入山規制は地元の市町村長が決定する。

 2000年夏のことだ。その年の4月から磐梯山(1816メートル。福島県)では火山性地震が増えた。8月に入って地震は急増し、15日には一日に400回を超えた。40年前、ここに地震計が置かれて以来最も多い地震だった。

 このほかマグマが活動的なことを示す低周波地震や、噴火の前に出ることが多い火山性微動もたびたび発生するなど、噴火の恐れが高まった。これらも40年来初めて観測されたものだ。

 悪夢が皆の頭をよぎった。100年ほど前のすさまじい噴火だ。この噴火で東京ドームの800杯分、10億立方メートルもの途方もない量の岩石が噴出した。2014年の御嶽山噴火の2000倍以上にもなる。

 この噴火は477人もの犠牲者を生んだ。いくつもの村や山林や耕地が埋まっただけではなく、川がせき止められて五色沼も作られた。

 8月 16 日に気象庁は「臨時火山情報」を発表、翌 17 日には関係する地元の町村の担当者が集まって磐梯山の入山規制を決めた。地元の新聞から号外も出た。

 気象庁が噴火警報レベルの仕組みを導入したのは2007年だから、このときは臨時火山情報が唯一の警報だった。

 いつ噴火しても不思議ではなかった。他の火山では、この程度の前兆で噴火した例はいくらでもあった。

 しかし、8月がすぎ、9月になっても、噴火は起きなかった。一方、火山性地震は次第に減りはじめていた。

 観光で生きる地元は、じりじりしたにちがいない。観光客は目に見えて減っていた。

 気象庁や噴火予知連が渋い顔をしているのを尻目に、地元の3町村は9月23日、独自の判断で入山規制を解除してしまった。

 このときに地元福島県の消防防災課(噴火や災害の担当部署)は全国の地震・火山学者にアンケートのメールを送って、見通しを聞いた。私も聞かれた。

 アンケート後、県からお礼のメールは来たが、肝腎の集計した結果や、そもそも何人に聞いて何人から返事が来たのかについては、ついになにも教えてもらえなかった。アリバイづくりに使われたのであろう。

 結果的には気象庁の判断よりは正しかったからいいようなものの、なにかあったら観光産業を救うために観光客を犠牲にしかねない判断だった。

 だが、「引き続き注意が必要です」といった紋切り型の発表にしびれを切らした地元の独走は痛いほど分かる。

 磐梯山の「噴火騒ぎ」は古くて新しい問題だ。あてにならない噴火予知のレベルと政治的な判断の間で揺れる気象庁と地元との軋轢(あつれき)は、いまの箱根や、これから各地の火山でも繰り返されるにちがいない。

 磐梯山の噴火は127年前の1888年7月15日だった。以後、毎年噴火の日に行われている供養祭が地元の寺で先週も行われた。

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