島村英紀『夕刊フジ』 2015年10月9日(金曜)。5面。コラムその123 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

地震学に大きな影響与えた濃尾地震
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地震学に大きな影響与えた濃尾地震 「地震は地下の地震断層が起こす」学説が有力に」

 10月は日本最大の内陸地震が起きた月だ。1891年10月28日の濃尾(のうび)地震。長さ85キロメートルもある活断層が起こしたマグニチュード(M)7.9の地震だ。この地震を起こした活断層は福井県から岐阜県を経て愛知県にまで至っていた。

 活断層とは「地震断層の一部が地表に見えている断層」だ。このうち岐阜県根尾谷(ねおだに)にある水鳥(みどり)村(いまの本巣市根尾水鳥)では巨大な断層の崖が、平らだった道や畑を横切っていきなり出現した。高さ6メートル、横ずれが2メートルにもなる。この断層崖は地震断層観察館で天然記念物として保存されている。(写真は1986年10月に島村英紀撮影

 震源が浅くてMが大きかったので被害は甚大だった。死者行方不明者は7000人以上、全壊家屋は14万戸以上にも達した。名古屋城の城壁も崩れた。被害の範囲は岐阜、愛知、滋賀、福井の各県に及んだ。

 当時増えてきていた欧米の技術で作られた近代建築も壊れた。落下してしまった東海道本線の長良川鉄橋や煉瓦造りの建物だ。これらは欧米から輸入した設計のままで耐震構造になっていなかった。長良川鉄橋は当時、最大級の鉄道橋であることを誇っていた。

 この地震は地震学に大きな影響を与えた。いちばんの影響は「地震は地下の地震断層が起こす」学説が有力になったことだ。それまでは地下にある穴が陥没するためとか、地下で雷が起きるためといった学説が入り乱れていた。大きな断層崖が地震と同時に出現したことで、地震断層説が一挙に有力になったのだ。

 また地震学者大森房吉は、この地震の余震から、現在でも使われている「大森公式」を作った。余震が時間とともに減っていくのを表した数式である。

 この公式では余震の減り方は原子核の崩壊のように半減期を繰り返して徐々に減っていくのではなく、本震直後の減り方は速いのだが、後に長く尾をひくという特徴がある。つまり意外に長く続く。

 この大森公式はよく当てはまり、大森の没後、地震から100年以上たったいまでも公式通り余震が続いている。

 2011年に起きた東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)はM9.0だった。この余震も大森公式をあてはめれば、優に100年は続くことになろう。

 また、この地震から震度階の段数が増やされた。日本で震度を初めて定めたのは明治時代の1884年。そのときには微震、弱震、強震、烈震の4段階しかなかった。濃尾地震と大津波で大被害を生んだ明治三陸地震津波(1896年)を見て1898年には7段階になったのである。

 ところで活断層は途切れ途切れに続いていることが多い。濃尾地震を起こした活断層も他で知られている活断層よりも特別に長く続いていたわけではない。枝分かれしたり、途切れたりしている「断層群」だった。

 それらの活断層が「連動」してこのような大地震を起こすかどうかは地震が起きてみるまで分からない。

 知られているだけで活断層が2000もある日本では心配なことである。


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