島村英紀『夕刊フジ』 2016年3月11日(金曜)。5面。コラムその142 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

東日本大震災が引き起こす「次の地震」
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「次は「アウターライズ地震」に警戒 海溝型地震と「組」になって起きる」

 大地震が別の大地震を引き起こすことがある。

 東日本大震災から11日で5年。マグニチュード(M)9.0の東北地方太平洋沖地震の爪痕は各地に残っていて、復興にはまだ遠い。

 だが、地球物理学者としては、あの地震だけですべてが終わったとは思えない。

 1896年(明治29年)に起きた明治三陸地震は、津波などで大被害をもたらした。典型的な海溝型の地震だった。

 だが、それだけではすまなかったのだ。人々が明治三陸地震の惨禍から立ち直り、地震のことを忘れかけた約40年後、今度は昭和三陸地震が起きて、また大きな損害をこうむってしまったのである。

 時は1933年(昭和8年)3月3日。雛祭りの日だった。今からちょうど83年前になる。

 じつは、地震の揺れそのものは明治三陸地震よりはずっと弱かった。しかし、地震の揺れが大きくはないというので油断していた人々を襲った津波は、明治三陸地震なみの大きさだったのだ。

 この昭和三陸地震は「アウターライズ地震」である。よくある海溝型地震ではなくて、太平洋プレートそのものが割れてしまった地震だった。

 アウターライズ地震は、いわゆる海溝型地震と「組」になって起きる。

 いわゆる海溝型地震(註)は、太平洋プレートが北米プレートの下に毎年潜り続けることによって、二つのプレートの境界が耐えられなくなって滑り、地震を起こすものだ。

 ところが、この海溝型地震が起きて境界が数メートル滑ったことによって、北米プレートが太平洋プレートの上に、その分だけのし上がることになる。つまり、北米プレートという重いものが太平洋プレートの上に乗っかったことになるのだ。

 そして、この重さに耐えられなくなった太平洋プレートがいずれ割れる、それがアウターライズ地震なのである。

 起きた場所は明治三陸地震よりは東側、つまり日本から遠かった。このため震度は小さかったのに大津波が来たと思われている。

 昭和三陸地震の大きさは、諸説あるがM8.4といわれている。津波の高さは29メートルに達した。

 死者1522名、行方不明1542名とされている。行方不明者が多かったのは津波の引き波によって沖にさらわれた人が多かったためだ。家屋も全壊だけで約7000棟に達した。

 東北地方太平洋沖地震がいずれ、この種のアウターライズ地震を引き起こすのかどうか、いまの学問では分からない。だが地震が大きかっただけに、北米プレートがのしあがった量は、明治三陸地震のときよりは、ずっと多かった。将来のアウターライズ地震の可能性は、けして否定できないのだ。

 昭和三陸地震は明治三陸地震の約40年後に起きた。しかし、40年というのは、たまたまの例である。もっと短いかも知れない。

註)「海溝型地震」は学問的に言えば、「プレート境界地震」と「(海溝付近で起きる)プレート内地震」の二種類ある。起きる数からいえば、圧倒的に前者が多い。明治三陸地震は前者、昭和三陸地震は後者だ。なお、「プレート内地震」には中国内陸のような大陸プレートの内部で起きる地震も含まれるので、まぎらわしい。

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