島村英紀『夕刊フジ』 2016年5月13日(金曜)5面。コラムその150「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

熊本地震が示した「地域地震係数」の危うさ
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「熊本地震が示した「地震地域係数」の危うさ 40年近く変わらず」

 熊本県のホームページで閉鎖されてしまったサイトがある。「熊本の魅力・企業立地ガイド」の頁だ。

 このサイトで熊本県は「低い大規模地震発生」で「地震保険の保険料は全国で最低ランク」を謳って企業誘致を図っていた。

 このほか「落雷発生頻度が低く、被害の大きな冬季雷が発生しない」ことや「豊富で良質な地下水に恵まれた地域」で、熊本県の人口の半数以上を占める約100万人の熊本都市圏は、生活用水のほぼ全量を地下水で賄っている全国でもまれな地域だということも誇っていた。

 しかし今回の熊本地震で、「地震が少ない」ことを謳ったこのサイトを閉鎖せざるを得なかったのである。

 だが、これは県のせいではない。国が地震の安全性にお墨付きを与えていたのだ。国土交通省が定めている「地震地域係数」が、関東や太平洋沿岸の東北地方などが1.0なのに対し、九州の大半は0.9〜0.8だったからだ。

 この係数は市町村ごとに指定されているから、細かく見ると熊本市の大部分や熊本県益城町、大分市、宮崎県全域は0.9で、福岡、佐賀、長崎の3県全域や、市役所が大きく損壊してしまった熊本県宇土市などは0.8だった。ちなみに沖縄は全国最低の0.7だ。

 鉄筋コンクリート造りや3階建て以上の木造を建てるときに義務付けられている構造計算にこの係数が使われる。2階建て以下の木造住宅では、構造計算は義務付けられてはいない。

 この係数が低いほど、構造計算で設定する地震力は小さく、耐震性も低くなる。この係数は1952年に導入されたものだが、1980年に改定されて以降、40年間近くも変わっていない。

 この仕組みは「過去数百年間の地震の規模や頻度、被害を基に設定」されたと言われる。地震の少ない地域は耐震性を低減してもいいという考え方なのである。

 しかし、最近の地震学では、熊本に限らず、内陸直下型地震は、日本のどこでも襲う可能性があることが分かってきている。たとえば2005年に起きて大きな被害を生んだ福岡県西方沖地震(マグニチュード(M)7.0)は、日本史上、ここで初めて起きた大地震だった。

 九州では東京と比べて、同じようなマンションでも鉄筋の数を少なく出来る。このため、コストも安い。「係数」が0.1.違っただけで大違いなのだ。もちろん、その分だけ地震には弱い。

 だが近年、政府が保証している地震の安全性は、新しい地震学の常識では怪しくなっているのだ。

 地震保険の保険料も、この「係数」に対応して地域差がある。逆に言えば、東京や静岡の人たちは、不当に高い保険料を払い続けていることになるのかもしれない。

 ちなみに「豊富で良質な地下水」は阿蘇など多くの火山が過去に噴出した大量の火山灰や噴石が作ってくれているものだ。富士山の伏流水もそうだが、「豊富で良質な」日本の地下水の多くは火山の恩恵なのである。

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