島村英紀『夕刊フジ』 2016年6月24日(金曜)5面。コラムその156「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

社会の進歩に伴い深刻化する地震被害
「夕刊フジ」公式ホームページの題は「社会の進歩に伴い深刻化する地震被害 宮城県沖で地震を繰り返してきていた領域」

 宮城県沖に、とても不思議な場所がある。約40年ごとに大地震を繰り返してきた震源だ。

 いちばん最近の地震は38年前の6月12日に起きた。マグニチュード(M)は7.4。

 もう一回前は1936年だった。Mも震源も瓜二つの地震だった。

 さらに一回前は1897年。この地震もMは同じ7.4だった。

 このように1897年から3回の地震が起きていて、その間隔は40年ほどになる。もっと前にも地震が繰り返された可能性が高い。古文書には書かれているが、なにせ地震計がなかった時代だから、同じ規模や震源の繰り返しかどうかは、厳密には分からない。

 震災は地震と社会の交点で起きる。このため、社会や文明が進歩するほど震災が大きくなる。宮城県沖の地震もそうだった。

 1978年の地震は過去に繰り返した地震でも最大の被害だった。この地震は宮城県仙台市を襲い、当時「初めての都市型災害」と言われた地震災害を起こした。

 死者28名のうちブロック塀の倒壊による死者が半数以上の18名もあった。ちなみに1936年の地震では死者はなく、負傷者4人であった。

 1978年の地震では多くのマンションで玄関の鉄のドアが開かなくなって閉じ込められる人が続出した。ガスや水がストップした都市生活がどんなに大変なものか、人々は初めて思い知らされた。また、市内のビルからガラスの雨が降った。

 もっと目立ったことがある。この地震では、全壊した家1200戸の99%までが第二次世界大戦後に開発された土地に建っていた家だったのである。

 つまり、昔の人が住むのを避けていた土地に被害が集中した。

 昔は開発されるには難点があった軟弱な土地や、斜面を切り開いたり盛り土をした宅地造成地に建っていた家が倒れた。田圃や、河原や、傾斜地を削ってひな壇を作った宅地造成地が地震波を増幅したのだ。

 この地震で家屋の被害が甚大だったために、3年後の1981年には建築基準法が強化された。この改訂で「震度5強程度の中規模地震では軽微な損傷、震度6強から7程度の大規模地震でも倒壊は免れる」強さとすることを義務づけた。

 最後の地震から38年たった。そろそろ「次」が起きるのだろうか。そして「次」はもっと被害が大きいのだろうか。

 だが、5年前に東日本大震災(地震名としては東北地方太平洋沖地震)が起きた。この地震のMは9.0。途方もない大きさだった。地震のエネルギーは1978年の地震の250倍にもなった。震源の大きさは南北に450キロ、東西に150キロもあって、宮城県沖で地震を繰り返してきた領域を呑み込んでしまったのだ。

 このため、「次」がいままでのように起きるかどうか分からなくなっている。地球物理学は地下で何が起きているのか、まだ解明できていないのだ。

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