島村英紀『夕刊フジ』 2016年7月22日(金曜)5面。コラムその160「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

あいまいな「地震予知」がもたらす悲劇
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「あいまいな「地震予知」がもたらす悲劇 イタリアで地震予知失敗の裁判」

 2009年春、イタリアで地震予知に失敗した学者の裁判は、イタリアの最高裁でひっそりと終わっていた。昨年11月20日のことだ。最高裁は日本と同じく、法律や手続き上の間違いがなければ第二審を認めてしまうのが普通だからである。

 2014年11月の二審では、2012年10月の初級審の7人全員の有罪がひっくり返されて、学者は無罪、政府の防災庁幹部1人だけが執行猶予付きの禁錮刑になっていた。これが最高裁で確定していたのだ。

 イタリア中部ラクイラ。ここはふだんから月に数回の地震がある。大地震の前の半年間はさらに活発になった。大地震が来るという独自の地震予想を出す学者も現れた。地元の人々のなかに不安が拡がっていた。

 このため「国家市民保護局」は学者を含む「大災害委員会」を開き「大地震は来ない」という安全宣言を出した。じつは政府が人心を鎮めようという方針を委員会の前に決めていた。政府が学者に期待したのは科学者のお墨付きだけだったのである。

 安全宣言が出されたので外に寝ていた人たちも家に帰った。しかし一週間後の4月6日午前3時半、マグニチュード(M)6.3の大地震が起きて309人が死亡してしまった。

 第二審での判決言い渡しのとき傍聴席にいた犠牲者の遺族らから「恥を知れ」との怒りの声が上がった。また、遺族らは「国家は裁かず、自らの保身に走った」「犠牲者は今回の判決で再び殺された」などと語った。

 イタリアの裁判は対岸の火事ではない。日本でも、国が安全を保証したのに大地震が起きたことがある。さる4月16日に熊本で起きた最大の地震の前がそうだった。4月14日の地震の後、気象庁や政府が「家に帰れ」と呼び掛けていたのだ。

 もっと大きな問題もある。いまは南海トラフ地震と一緒に起きると考えられている東海地震は「大震法」(大規模地震対策特別措置法)という法律が出来ていて、気象庁にある判定会(地震防災対策観測強化地域判定会)が「予知宣言」を出し、それによって新幹線も東名道路も、デパートやスーパーの営業も止めることになっている。

 この地震予知が可能かどうかは強く疑われているが、阪神淡路大震災が起きたあとも、また東日本大震災が起きたあとも、政府の公式見解は「東海地震だけは予知できる」というものだ。

 しかし、なにか前兆風のものが見つかって、いったん「宣言」が出されてから、すぐに大地震が来なかったらどうするのか、その方針は決まっていない。宣言を取り消せる科学的な根拠や方程式はなにもない。

 新幹線や東名道路が止まり、静岡県などが孤立した状態は経済的にも人心にも打撃が大きい。それを何日も続けるわけにはいくまい。

 こうして判定会の科学者や気象庁の委員が、迷いながらでも、渋々でも、「宣言の解除」を出す。

 しかしそのあとで大地震が襲ってきたら・・。イタリアとまったく同じことが起きるに違いない。

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このラクイラの地震については

2016年8月に起きたもうひとつのイタリア中部の地震
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