島村英紀『夕刊フジ』 2016年10月7日(金曜)5面。コラムその169「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

古生物学研究を阻む化石の高騰
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「古生物学研究を阻む化石の高騰 2億円超の出品も」

 一月ほど前、米国で恐竜ティラノサウルスの頭蓋骨(ずがいこつ)の化石がオンラインオークションに出品された。かつて地球上に存在した最大級の肉食獣である。最低落札価格は180万ドル(約1億8000万円)という。

 これは、ほぼ完全な形で出土した肉食恐竜の頭蓋骨の化石だ。約7000万年前の白亜紀後期のもので、頭蓋骨の94パーセントが無傷の状態で残っていた。横向きの頭蓋骨の全貌が分かる。

 この化石は米国北西部のモンタナ州でカナダに近い北東部の農場から昨年夏に発掘された。化石の発掘を手掛ける民間企業が発見したものだ。

 この化石は、落札されて、いずれ、金持ちの応接間に飾られることになろう。

 だが、他方、地球科学という学問は、研究の資料をひとつ失うことになる。

 地球科学のなかでは古生物学という地質学のひとつの分野。この種の研究には「モノ」がなければ手も足も出ない。

 しかし、歯のかけらのような小さなものでもなかなか見つからないので、研究資料の入手には多大な困難がある。生物の化石は、化石として残る確率が、そもそも非常に低い。学者が自ら掘り出せる化石は、ごく限られているのだ。

 私の知人で北海道在住の地質学の先生にとっての研究の材料は恐竜の化石である。岩の中から、恐竜の骨ひとつひとつを丁寧に掘り出して恐竜の骨格を復元する。ときには化石を砕いて分析することもある。何年もかかる地道で根気のいる作業が彼の研究なのである。

 こうして当時生きていた恐竜について詳しい知識が集積されて、当時の気候や植生など地球のありさまが復元できる。

 ところが「学問の敵」は意外なところにいた。恐竜ブームである。

 もともと化石を集めるマニアが多かったが、ブームのおかげで、価格に火が着いてしまったのだ。

 そして、このオークションのように、世界中で大型取引が実施されている。民間の展示会は、いままでは米国や欧州、日本で開催されてきたが、中国や中東でも市場規模が拡大している。中国では骨を組み合わせたニセモノの化石まで売られるようになった。

 今回のように、頭蓋骨の全体が出たときは、とても高価になるのが避けられない。

 研究を進めるためには欲しいのはヤマヤマだ。しかしこれでは、乏しい研究費では手も足も出ない。数十万円以上といった値札が着いていれば、とても買えない。

 入手するのはとうてい無理だとしても「せめて写真を撮らせてもらう」とカメラを持って東京の市場へ出かけるのが、先生の悲しい習慣になっているのである。

 この化石を出品した会社のオークションサイトでは、ほかにも、全身の45パーセントが残ったティラノサウルスの化石が2億4000万円、72パーセントが残った大型の植物食恐竜トリケラトプスの化石が8000万円で出品されている。もちろん、貧乏学者にとっては高嶺の花なのだ。

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