島村英紀『夕刊フジ』 2017年1月13日(金曜)5面。コラムその181「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

大量の軽石が流れ着いた理由
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「大量の軽石が流れ着いた理由 科学者も大きな関心」

 この5日から鹿児島県・硫黄島の噴火警戒レベルが平常の1から2に引き上げられた。火口周辺への立ち入りが禁止される。地震が多発しているせいだ。

 南西諸島は群発地震が多いところだ。

 鹿児島県・トカラ列島でも地震が頻発している。2015年までは年に数回から数十回だったものが、昨年は突然、150回にもなってしまった。

 かつて、これらの島々の南西にある沖縄県・西表(いりおもて)島ですさまじい群発地震が起きたことがある。1992年のことだ。

 身体に感じる地震が2000回もあった。なかでも同年10月14日から20日にかけて最大震度5の地震が5回も発生して、人々を恐怖におとしいれた。もっと大きい地震が来るのではないかと人々は恐れたのだ。

 群発地震のさなか、大きな地震があったあとに、島の波打ち際に軽石がズラリと打ち上げられているのが見つかって人々をギョッとさせた。軽石は火山の噴火から出る。地震に加えて火山も噴火するのか、との恐れが広まった。

 しかし、この軽石は2000キロも離れた海底火山から来たものだった。岩石の成分や付着物を分析して分かった。島崎藤村の詩「椰子の実」ならぬ軽石の長旅であった。

 首都圏のはるか南方にある「福徳岡ノ場(ふくとくおかのば)」がある。そこの海底火山の噴火で大量の軽石が噴出して、海流に乗って沖縄近海まで運ばれたものだったのだ。

 福徳岡ノ場は有史以来何度も噴火したことが知られている。近年では2010年や2013年にも海底噴火があり、噴煙や変色水が観測されている。

 20世紀に3度も海面上に新島を形成するまでに成長したが、現在は島はなく、山頂の水深が約20メートルの海中の山になっている。

 1986年に福徳岡ノ場が噴火したときも、4カ月ほどして琉球列島に軽石が流れ着いたことがある。

 軽石は水を吸ってしだいに沈む。こうして海底の広い範囲に軽石がばらまかれた。

 だが、沈んだ軽石は、ちょっとした衝撃や地震動で、また浮き上がることがある。たまたま西表島の近くの軽石が浮き上がれば、島に流れ着いても不思議ではない。ずっと昔の、しかも離れた火山からの軽石が、強い震動で浮き上がって流れ着いたのだった。

 西表島の群発地震はその後おさまったが、一般に日本で起きる群発地震は、マグマがらみのことが多い。

 たとえば日本最大規模の群発地震だった長野・松代(まつしろ)町の群発地震(1965-70年)は、6万3千回という途方もない回数の有感地震を記録した。また1978年に北海道・函館の南方沖で始まった群発地震もあった。

 この両方とも、上がってきたマグマが地表や海底に届く前に凍りついたものだと思われている。もし出てくれば、新しい火山が誕生したことになる。

 硫黄島やトカラ列島の群発地震がどう推移するのか、地元では固唾をのんで見守っている。そして、科学者も大きな関心を寄せているのである。

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