島村英紀『夕刊フジ』 2017年5月12日(金曜)。4面。コラムその197「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

いまだ解明できぬ「前震」のナゾ
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「いまだ解明できぬ「前震」のナゾ 気が気でないチリの地震群発地域」

 南米チリでは、4月末から起きている群発地震を固唾を呑んで見守っている。首都のすぐ西にある太平洋沿岸で起きるマグニチュード(M)8.3の大地震の前震ではないかという騒ぎである。

 南米の西海岸は、日本と瓜二つの地震が起きる。

 日本では太平洋プレートやフィリピン海プレートが地震を起こす元凶だが、ここでは「ナスカプレート」が陸の下に潜り込んでいて、しばしば大津波を伴う海溝型の地震を起こす。アンデス山脈も多くの火山も、このナスカプレートが作ったものだ。つまり、日本の脊梁山脈や火山帯と同じものが太平洋の向こう側でも作られてきたのだ。

 世界最大だったマグニチュード(M)9.5のチリ地震(1960年)をはじめ、数々の巨大地震が起きてきた。チリ地震からの津波は日本も襲い、日本だけでも140名以上の犠牲者を生んでしまった。

 今回の騒ぎは、首都サンティアゴの100キロほど西にある外港バルパライソ市の目の前に大地震の空白地帯があることから来ている。

 バルパライソにはチリの国会があり、ユネスコの世界遺産に登録されている美しい町だ。

 この空白地帯の大きさから、いずれ起きる大地震のMは8.3と見積もられてきた。

 ナスカプレートは年に8センチという速さで南米を押してきている。それゆえ、海溝型の地震が繰り返して起きているところなのだ。フィリピン海プレートが年に4〜5センチで押してきている南西日本で、いずれは南海トラフ地震が起きるのと同じ構図である。

 ところで、世界の大地震の例では前震が直前に起きてから大地震に至る例がある。たとえば2014年にチリ北部で起きたM8.2のイキケ地震では半月ほど前からいくつかの前震があった。このイキケ地震は今回の騒ぎのすぐ北で起きた。

 だが、今回の騒ぎのすぐ南で2010年にチリ中部で起きたM8.8のマウレ地震では前震はなかった。いきなりの大地震だったのだ。

 世界全体で見ると、大地震の前に前震がある例が10〜15%ほどある。

 今回の騒ぎは4月下旬から、問題の場所で、群発地震がにわかに盛んになったことにある。場所は来るべき大地震の震源域の真ん中で、バルパライソのすぐ沖。群発地震が起きているのは東西80キロ、南北50キロほどの狭い場所だ。これが大地震に結びつくものかどうか、地元は気が気でないのである。

 2011年の東日本大震災(地震名では東北地方太平洋沖地震。M9.0)のときには、2日前に津波警報が出るほどの大きな前震があった。だが地元の新聞社に訊かれた東北大の地震学者は前震ではないと明言してしまった。前震とは認識できなかったのである。

 昨年4月に起きた熊本地震も大地震の2日後にもっと大きな地震が起きて、気象庁は、前の地震を改めて前震と言い直した。

 どんな大地震の前に前震が起きるのか、起きたとしても前震と認識できるのかどうかは、地震学ではまだ解けない大きなナゾなのである。

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