島村英紀『夕刊フジ』 2015年1月1日(木曜)。4面。「2015年1月1日新春特別号2015年 55テーマ大予測”。

南海トラフより警戒すべきは首都直下型

 地震学者を困らせる質問に「次に日本を襲う大地震はどこでしょうか」というのがある。

 日本でいちばん恐れられている「南海トラフ地震」が起きないまま、1年がすぎた。

 もし、この地震が起きれば地震の規模は東日本大震災(2011年)なみのマグニチュード(M)9。大津波が西南日本を広く襲う可能性がある。大津波だけではない。「先代」の宝永地震(1707年)の49日後に大噴火した富士山も、今回、地震と連動して噴火するかも、といわれている。

 しかし「次に日本を襲う」大地震がこの南海トラフ地震とは限らない。

 かつて1976年に東海地震の恐れが突然クローズアップされて日本中が騒ぎになったことがあった。

 そのとき政府は大震法(大規模地震対策特別措置法)という世界初の地震立法を立ち上げ、気象庁に判定会(地震防災対策観測強化地域判定会)という組織を作った。この法律で地震予知は出来る、出来たときには新幹線や東名高速道路は止める、デパートやスーパーは閉店するといったことが決められている。

 だが東海地震が起きないまま、1995年には阪神淡路大震災が起き、死者は6400名を越えるなど、甚大な被害を生むことになった。不意打ちを食らった京阪神の人々には「次に来る大地震は東海地震にちがいない」「大地震の前には政府から警報が出るはずだ」といった刷り込みがされてしまっていたのだ。

 地震予知が出来ることを前提にした大震法はまだ生きている。しかし、その後の地震学の進歩で地震予知は現在の科学のレベルでは不可能なことが分かってしまっているのである。

 いまある不安材料のひとつが2011年の東日本大震災だ。これによって日本列島の地下全体がリセットされてしまった。それゆえ、首都圏直下地震も、以前よりは起きやすくなっている。

 首都圏の地震は、大正関東地震(1923年)以来、不思議に少ない状態が続いている。この90年間に東京・千代田区で震度5を記録したのは東日本大震災(2011年)と2014年5月の伊豆大島近海の地震を入れても4回しかないのだ。

 江戸時代から大正時代には、地震ははるかに多かった。江戸時代中期の18世紀から24回ものM6クラス以上の地震が襲ってきていたのだ。平均すれば、なんと6年に一度にもなる。

 地震学者から見れば首都圏がいままで静かだったのは異例だ。むしろ、もっと地震が多いのが普通なのである。

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