島村英紀『夕刊フジ』 2017年6月23日(金曜)。4面。コラムその203「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ないがしろにされたハワイの地震対策 観光業界など圧力、耐震基準なし
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「ないがしろにされたハワイの地震対策 戦後に観光客が急増…業者の圧力で耐震基準ナシに」

 日本人の海外旅行で人気のハワイ。高層ホテルが立ち並ぶワイキキは、年中、日本人で溢れている。

 だが、ここには地球物理学者が知っていて、観光客が知らない危険がある。

 それは、ホノルルのビルには耐震基準がないことだ。ここには地震に耐えるように作られていないホテルやビルが林立しているのである。

 19世紀にはハワイには大地震がよく起きた。たとえば1868年にマグニチュード(M)7.9の大地震が地滑りや津波を引き起こして約80人が犠牲になった。

 1868年は江戸時代から明治時代に変わった年で、日本からハワイへの移民が始まった年だった。1924年の排日移民法が成立するまで、約22万人もの日本人がハワイへ移住した。ハワイと日本の関係は150年も続いている。

 ハワイでは20世紀になってからは大地震は起きていない。それでも、人々をびっくりさせるような地震はときどき起きる。

 たとえば2006年にはM6.7の地震が起きた。震源はハワイ諸島の南東の端にあるハワイ島だった。この地震で、人が住んでいる8つのハワイ州の島すべてで長時間停電した。

 ハワイ最大の都市であるオアフ島のホノルルでも、高層ホテルが全館停電し、エレベーターやトイレの水も止まった。ハイアットやサーフライダーという一流の高層ホテルだ。

 レストランや土産店もほとんど閉店した。道路の信号も消えた。観光客らは食料を求めて、開いているコンビニエンスストアなどに殺到した。

 空港機能も麻痺して、日本から到着した飛行機の乗客は到着後3時間も機内で待機させられた。地震の被害総額は7430万ドル以上にものぼった。

 震源に近いハワイ島では建物が壊れたり地すべりなどがあったが、幸いハワイ州のどこでも死者や重傷者はなかった。

 このほか、1951年にもM6.9の地震が起きて家屋被害などが出た。1975年にはM7.2の地震で2人の犠牲者を生んだ。1983年にもM6.7の地震が起きて被害総額が600万ドル以上と言われている。だが、これらの地震が、19世紀なみの大地震ではなくてよかったのだ。

 ハワイにも第2次世界大戦前には耐震基準があった。たとえば5階建て以上のビルは作ってはいけなかった。

 しかし戦後、観光客が急増すると、観光業者の圧力に政府が押されて耐震基準がなくなってしまった。ビルをずっと安く作りたい動機は観光業界や建築業界に強かった。ハワイ政府はこの圧力に負けてしまったのだ。

 同じ米国でもサンフランシスコのビルには耐震基準がある。

 ハワイでは、この6月8日にもM5.3の地震が起きて人々をびっくりさせた。震源地付近では、日本の震度では震度4から5弱に相当する結構な揺れだった。大きな地震もいずれ起きるかもしれない。

 ハワイに行く人は用心するに越したことはない。ハワイの高層ホテルは日本のビルよりもずっと地震に弱いのだ。


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