島村英紀『夕刊フジ』 2013年10月4日(金曜)。5面。コラムその21:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

あいまいな「立川断層」の危険度

 大正関東地震(1923年)をはじめ、安政江戸地震(1855年)、明治東京地震(1894年)など、首都圏を襲ってきたいくつかのタイプの地震について話してきた。これらは地震が起きた年も、その被害も分かっている地震だ。

 だが、首都圏を襲う地震はこれらのタイプだけではない。起きたことは確かなのだが、いつ起きたか分からない地震もある。

 たとえば立川断層という活断層が起こした地震がある。

 この立川断層で知られている最後の地震は約2万年より後で約13000年前より前と、なんとも曖昧なのだ。もちろん日本人が日本に住み着く前だ。一方、平均活動間隔も1万〜15000年程度としか分かっていない。

 立川断層は埼玉県飯能市から東京都青梅市、立川市を経て府中市まで続いている。長さは34キロほどある。

 この立川断層が一般に知られるようになったのは、政府の地震調査委員会が2009年に全国での要警戒7活断層のひとつにしたからだ。選んだ基準は、活断層の近くに家が建てこんで人口密集地になっているうえ、マグニチュード(M)7.4程度の地震を起こす可能性があるというものだった。

 このため政府はこの断層のトレンチ法という調査を行った。トレンチ法とは、土木機械で土地を掘り下げて地層の断面を調べる調査である。普通は都会では出来ないが、幸い自動車工場が撤退した後の広大な空き地があったので可能になった。カルロス・ゴーン氏が日産自動車の赤字解消のために売り払った工場だ。

 地下で地層がずれていることが見つかれば過去の地震歴が分かる。

 トレンチの語源は軍隊が掘る塹壕(ざんごう)だ。ここでも長さ250m、深さ10mもの巨大な塹壕のような溝を掘った。また3次元探査やボーリング調査も実施するなど、多額の費用を投入した大規模な調査だった。

 しかし、報道されたとおり、調査結果はみっともないものになってしまった。学者が地震によってずれたと判断した根拠になった白っぽい岩は、じつは自動車工場がかつて打ち込んだ建物の杭(くい)だということが外部から指摘されたのである。

 政府によれば、今後30年間でのここでの地震発生確率は0.5〜2%、50年間で4%程度という。

 ここに限らず、それぞれの活断層が将来、地震を起こす確率は、このようにごく低いものだ。30年間、つまり世代が交代するまでにたった2%というのでは、数字をわざわざ出すことはほとんど無意味だと私は思う。

 じつは活断層に関する学問は、ある活断層がどのくらいの長さだけ続いているのか、過去にどのくらいの活動歴があったのか、そして、そもそも活断層なのかどうか、といった根本的な解釈が、学者によってちがう。数学や物理学のように、絶対の正しさが客観的に期待される学問ではないのである。

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