島村英紀『夕刊フジ』 2017年12月22日(金曜)。4面。コラムその228「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

世界を核戦争から救った男
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「世界を核戦争から救った男 冷戦時代、ミサイル信号を誤報と判断 ”米国が本気なら、5発あり得ず”」

 北朝鮮と米国の核ミサイルをめぐる情勢が風雲急を告げている。片方が核爆弾を使えば、間違いなく相手側も使う。こうして全面的な核戦争になる可能性が高い。

 かつての冷戦時代には西側と東側がにらみ合っていて、おたがいに、相手が核ミサイルの先制攻撃をするのではないかと、ピリピリしていた。

 相手の核ミサイルの先制攻撃を受ければ、被害が出てから反撃の判断をしても間に合わない。

 このため、人工衛星とコンピューターを使った自動処理の判断が使われる。当時、西側も東側も極秘ながら、この早期警戒システムを動作させていた。

 早期警戒システムは光、電磁波などあらゆるセンサーを動員したものだ。現在も、米国北朝鮮で動いているに違いない。一歩間違えれば、間違いなく全面核戦争が始まってしまう仕組みである。

 冷戦時代の1983年9月26日、旧ソ連の首都モスクワ近郊にある航空監視センターのコンピューターが、旧ソ連に向かっている5つのミサイル発射を表示した。人工衛星からのデータだった。もし、本当なら、核爆弾を積んだミサイルを米国に向けて発射しなければならない。

 だが、あとから分かったことだったが、この「信号」はじつは誤報だった。人工衛星が、雲の中の太陽放射からの反射をロケットエンジンの炎と誤認して、ロケット発射のエネルギー放電として感じたと報告したのだ。

 宇宙空間からはふだんからいろいろな電磁波や光が地球に大量に飛び込んできている。そのうちで「意味のある」信号を拾い出すのはなかなかの難事なのである。多くの地震学者が信じない「電波を使った地震予知」も、地球内部からの電磁波と、地球の外から来るさまざまな電磁波を見分けることの難しさが避けられない。

 このコンピューターの「信号」を誤報だと判断したのは、そのときに担当していた一人の中佐だった。当時44歳のスタニスラフ・ペトロフ中佐。この警報の真偽を判断するのに許された時間はほんの数分だった。

 マニュアルどおりならば、ペトロフ中佐はこの時点で米国からの核攻撃を上部に報告しなければならなかった。

 だが、彼の判断は「米国が本気で攻撃してくるのなら5発だけのミサイルではあり得ず、100発以上の規模のはずだ」という直感によるものだった。

 間一髪だった。旧ソ連のロケットは発射されなかった。彼が核戦争とそれに続く新たな世界大戦を防いだことになる。

 いまは、システムが「進化」した。ペトロフ中佐のような人間が介在する判断ではなくて「より早い」AIシステムに替えられている。しかし、マニュアルどおりの手続きしかできないAIシステムならば、ペトロフ中佐のようにはいくまい。

 人類を第三次世界大戦から救ったペトロフ中佐は5月にモスクワ郊外の小さな家で人知れず亡くなっていた。極秘の任務のことを明らかにするわけにはいかない。彼の死去は、この秋になってようやく発表された。享年77歳だった。

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