島村英紀『夕刊フジ』 2013年10月18日(金曜)。5面。コラムその23:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

一回だけ起きた奇妙な大地震

 ヨーロッパではギリシャやイタリアなどだけに地震があると思われている。だがそのほかの国でも地震が起きて、スイス北部にある大都市、バーゼルが壊滅したことがある。

 不思議な地震だった。もともとスイスには大地震は少ない。精密な歴史が残っている国だから過去800年間に約10000の地震が知られている。そのうち、マグニチュード(M)が6以上のものはせいぜい5、6個しかない。だが1356年に起きたこの地震だけはずっと巨大で、M7.1だったとする研究もある。

 この地震で城壁に囲まれたバーゼルの市街地は壊滅的な被害を受けた。近隣30キロメートル以内の城や教会も倒壊した。

 この地震より前に大地震が起きた記録はなく、その後現在に至るまで、この近辺に大地震は起きていない。

 一回だけ起きた大地震はほかにもある。たとえば1755年にポルトガルのリスボンの沖に起きたリスボン大地震もその仲間だ。M8.5 - 9.0の巨大地震だった。

 この地震では当時のリスボンの人口28万人のうち9万人もが死亡した。地震の揺れや地割れによる被害に加えて、約40分後に襲ってきた大津波が市街地を呑み込んで被害を拡げ、さらに火事が燃え広がって欧州史上最大の自然災害になってしまった。

 ポルトガルは多くの教会を援助し、海外植民地にキリスト教を宣教してきた敬虔なカトリック国家だった。その首都リスボンが、万聖節というカトリックの祭日に地震に襲われて多くの聖堂もろとも破壊されてしまったのだ。

 このため18世紀の神学や哲学にも強い衝撃が及んだ。この大地震はポルトガルだけではなく広くヨーロッパの政治や経済や文化にも大きな影響を与えた。

 国王ジョゼ1世は幸い怪我ひとつしなかった。しかし地震の後、王は閉所恐怖症になってしまって、石造りの壁に囲まれた部屋で過ごすことが出来なくなって宮廷を郊外の大きなテント群に移した。閉所恐怖症は死ぬまで治らなかったという。

 日本のように地震が繰り返す国と違って、ヨーロッパでは地震はめったにない。だが、このような散発的な大地震が起きるところでもある。

 フィンランドの原発で出る核廃棄物を地下に埋設して処分するために、同国南西部でオンカロ処分場の工事が進んでいる。花崗岩に深さ約500メートルものトンネルを掘って処分場を作っているのである。

 ここでは10万年後までの廃棄物貯蔵を考えているという。過去の近隣の地震はもちろん調べた。しかし過去といっても14世紀までしかたどれない。

 ところで、現在の地震学は、10万年先まで絶対に大地震が起きないと保証出来るレベルではない。バーゼルやリスボンをたまたま襲った地震も、今度はヨーロッパのどこを、いつ襲うことになるのか、まったく分かっていないのである。

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