島村英紀『夕刊フジ』 2013年11月8日(金曜)。5面。コラムその26:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

弱者を狙い撃ちする現代の地震

 鯰絵(なまずえ)というものがある。安政江戸地震(1855年)のときには、地震後わずか3日間で380種類もが刊行された。

 これはさまざまな地震ナマズの木版画に文章をつけた大衆向けの出版物だ。いわば当時の夕刊紙である。カラー刷りの版画と文章で、大衆が好む安政地震のさまざまなゴシップを取り上げている。

 ナマズ絵には幕府や豪商への鋭い風刺もあるので幕府はすぐに禁止令を出した。だが庶民はたくましい。禁止令も何のその、版元も出版日も書いていないナマズ絵が次々に出版され、人々は先を争って買い求めた。

 ナマズ絵で有名なものに地震の元凶であるナマズが豪商の首を締め上げて、持っている小判が散らかっているものがある。

 たしかに大地震のときには富裕な商人が蓄えてきた金を庶民に「再配分」することが行われた。いや、大地震だけではない、江戸で繰り返された大火のときも、この種の再配分のおかげで庶民が立ちなおったり潤ったりしたのだ。

 たとえば慶応の大火(1866年)のときには日本橋近くの豪商の詳細な支出記録が残っている。それによれば、材木商や大工や左官にはじまって釘屋、石灰屋、砂利屋、縄屋、綿屋、桶屋など驚くほど多くの零細な職業に支払が行われたのが分かる。

 もしこの再配分がなければ、大衆による打ち壊しが富裕商人たちを襲う可能性さえあったのだ。

 しかし、現代はすっかり違ってしまった。瀬戸内海を見下ろす神戸大学の高台には慰霊碑が建っている。阪神淡路大震災(1995年)で犠牲になった同大の関係者の碑だ。それによれば、学生の死者は39人、うち37人は下宿生だった。

 神戸大学が特別に下宿生の割合が高かったわけではない。下宿生は古い木造家屋に住んでいることが多く、それゆえ午前6時少し前の大地震で、多くが犠牲になってしまったのである。ちなみに、神戸大学では建物はひとつも倒壊しなかったから、もしこの地震が昼間だったら、これらの学生は命を落とさずにすんだだろう。

 阪神淡路大震災には限らない。東日本大震災(2011年)でも犠牲者を年代別に数えると、60歳代が19%、70歳代が23%、80歳代以上も23%あった。一方50歳代は12%、40歳代は7%、30歳代は6%だったから、高齢者の割合は人口割よりもずっと多かった。つまり、現代の地震は弱者をねらい撃ちにするのである。

 つぎに首都圏を襲う大地震でも、古い住宅に住み続けざるを得ず、費用のかかる耐震補強もおいそれとは出来ない庶民の「地震弱者」に被害がとくに多いことが心配されている。

 富裕商人の家も庶民の家も等しく壊れてしまって、再配分で庶民も潤った江戸時代とは様変わりしてしまったのである。

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