島村英紀『夕刊フジ』 2019年8月2日(金曜)。4面。コラムその308「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

皆既日食は太陽コロナ観測の絶好機
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「皆既日食は太陽コロナ観測の絶好機 光の波長測定しフレア予測へ 」

 7月17日に世界の広い範囲で月食が見られたが、その半月前の7月2日に、南太平洋、チリ、アルゼンチンなどで皆既日食が見られた。

 月の軌道はわずかに動くが、このところ太陽と月と地球がたまたま一直線に並ぶ日が続くからだ。地球の影に月が入るのが月食、逆に月の影が地球上を通るのが日食になる。

 この日食を手ぐすねひいて待っていた科学者たちがいた。この日食は、アメリカ国立光学天文台が南米チリの標高2200メートルの高さに設置したセロ・トロロ汎米天文台をちょうど通った。高山だと空気による散乱が少なく、日食をはじめ天体をよく観測できる。

 科学者の主な目的は、太陽のまわりにあるコロナの観測だった。コロナは荷電粒子のかたまりが噴出するもので、ときには太陽の数倍から数十倍まで広がる。太陽から吹き出すフレアを作る。

 太陽の大気層の外縁で最も高温な領域だが、太陽本体に比べて100万分の1の微弱な明るさしかない。それゆえ日食のときにしか見えない。

 このフレアが地球に達すると磁気嵐になる。かつて大規模なフレアが出て、1989年にはカナダで大規模な停電が起きたほか、2003年には日本の人工衛星が故障したこともある。大規模なものが起きたら広い範囲で停電が起きたり、GPSなどの衛星の機能を損ねかねない。大地震なみの大混乱になるだろう。

 ところが、このフレアを予測して警告する方法はない。日食のときに太陽が放出するいろいろな光の波長を測定して、フレアの予想を確実なものにしたいというのが科学者の狙いだった。しかも今年は11年周期である太陽の活動が最小限に近いので、2017年に起きた日食のときに見られたのとは別の機会だった。

 もちろん、日食ではないときにコロナを見ることもできる。望遠鏡に太陽の大きさの遮光板を付けて、まわりを見ればいいのである。「コロナグラフ」という装置だ。しかし、日食のときに高山で見るほどには精密なことはできない。

 近年では、人工衛星にコロナグラフを積んで、大気の擾乱がないところでコロナを観測することも行われている。

 衛星のコロナグラフのおかげで太陽以外の恒星のコロナも観測できるようになった。これによって地球に及ぼす太陽フレアの解明にも役立つ。また、恒星近くの太陽系外惑星も観測できる。

 だが、日食のときの天文台や、今回行われた日食を追ってコロナの時間変化を調べた飛行機のように、多くの新規の観測器を積むことは無理だ。

 ところで、世の中に多い天文ファンには、自作のコロナグラフでコロナの観測に挑む人が多い。

 だが、この試みはとても危険だ。100万倍も強い太陽の光を遮らなければならないので、装置が火を出したり、装置の内部のレンズ類や鏡胴が燃えてしまう事故が後をたたない。そればかりではない。失明する人も続出しているのだ。

 アマチュアだけではない。プロが作ってプロが操作していた国立天文台のコロナグラフ1号機さえも、遮光板が熱で融けて煙を上げたことがあるほど危険なものなのだ。

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