島村英紀『夕刊フジ』 2019年8月23日(金曜)。4面。コラムその311「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「異常震域」起こす地下大震度の地震
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「震源の真上は揺れが小さくなる!? 「異常震域」起こす地下大深度の地震」

 7月末に三重県の南の沖で地震が起きた。だがこの地震でいちばん揺れたのは三陸地方で震度4。一方「地元」の三重県や愛知県では、人々がまったく揺れを感じなかった。気象庁が震源の場所を三陸沖を間違えて三重県東南沖と表示したのではないかという人さえあった。

「異常震域」起こす地下大震度の地震  だが、三重県東南沖は正しい。マグニチュード(M)6.5の地震で、震源の深さは420キロだった。

 太平洋プレートは日本列島の東の沖にある日本海溝で日本列島を載せているプレートと衝突したあと、地球の中に潜り込む。そして、日本列島の地下を通って日本海を横断し、ユーラシア大陸の東岸にまで達している。深さ700キロにもなる。この間、あちこちで地震を起こす。今回の三重県沖で起きた地震も、これらの地震のひとつだ。

 ところで、地震の波は、プレートに沿っては強く、プレートの上、日本列島との間にある上部マントルでは弱くなる。上部マントルは同じ深さのプレートよりは温度が高いので柔らかく、それゆえ地震波の減衰が大きいのだ。それゆえ、プレートに沿って地震波が上がってきた三陸地方で揺れが大きくなる。宮城県では震度4にも達したし、太平洋プレートに近い都内でも震度3だったから、深夜の地震で飛び起きた人も多かったろう。逆に、三重県など、震源の真上では、距離のわりには地震の揺れが小さくなる。これが今回起きた現象なのである。専門的には「異常震域」という。

 このような深い地震があることを最初に発見したのは気象庁にいた地震学者和達清夫である。1920年代の終わりのころだ。これが、その後急速に発展したプレート・テクトニクスの証拠になった重要な発見だ。こういった深い地震がおきることによって、プレートが約700キロのところまで潜り込んでいることがはじめて明らかになった。

 その後も、太平洋プレートが起こした深い地震が、ときたま起きている。たとえば2015年に起きた地震は、小笠原諸島の下700キロのところで起き、Mは8.1という大きなものだった。このため、日本中の観測点で震度1以上の有感になった。

 2013年にもM8.3の巨大地震がロシア北東部の深さ600キロのところで起きた。このときはドバイ、モスクワなど、北半球の広い範囲で人々が感じた。震源が深いために、これらの地震では被害はなかった。浅い巨大地震、たとえばM9.0だった東日本大震災(地震名は東北地方太平洋沖地震)さえ、日本中で有感地震になることはない。

 この種の異常震域は世界各地で見つかっている。しかし、震源の深さの限界はまちまちだ。震源の深さの限界はプレートが地球の中に潜り込んでいっている下限なのである。

 たとえば同じ太平洋プレートでもアリューシャン列島では地下200〜300キロまでしか深発地震が起きていない。太平洋プレートはこの辺までしか潜り込んでいないことが分かっている。

 日本では地下600キロでも地震が起きる。よりによって地震が多いところに日本は位置しているのだ。

この記事
このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ